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2005年11月

2005.11.29

マンチェスター・ユナイテッド(下)

最後に、マンチェスター・ユナイテッドの世界戦略について簡単に述べておきたいと思います。マンチェスター・ユナイテッドが、英国外で、ファンの拡大を図ってきた地域というのは、

<1>英語圏または英語学習熱が高い
<2>多チャンネルTVが発達(しつつある)
<3>地元のサッカー・リーグが弱い

という三つの条件が揃ったところです。これらの条件にかなう地域といえば、

北米:英語圏かつサッカー後進国
北欧:英語の話せる人が多い
東欧:社会主義崩壊後は英語が第一外国語に
東南アジア:イギリスの旧植民地のため英語が通じる人が多い

などです。東アジアの日本、韓国、中国なども、英語の学習熱が強いと言えます。

マンチェスター・ユナイテッドだけでなく、プレミア・リーグの他のビッグ・クラブも同じような戦略で、英国外のファンの開拓に力を入れています。

これに対し、イタリアやドイツは、ヨーロッパ以外に同じ言語を話す地域が無く、スペインやポルトガルは、つながりの深い南米がサッカー大国のために、進出することはできません。

つまりスペインやイタリアやドイツのチームが毎年のように日本にくるのは、ほかに行くところが無いためです。これに対して、イングランドのチームが、数年に一度しか来日しないのは、日本以外にも、ファンを開拓すべき地域があるからです。

というようなことを踏まえつつ、最近の日本のテレビとインターネットを取り巻く状況を見ると、たとえば「日本プロ野球」というコンテンツは、日本での試合を日本の視聴者に届けるだけのものであり、それはテレビを介そうが、インターネットを介そうが、視聴者が、そのコンテンツにかけられる費用や時間の総和には、あまり大きな変化が無いような気がします。

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2005.11.27

5人目のビートルズ

25日金曜日、マンチェスター・ユナイテッドの往年の名プレイヤー、ジョージ・ベストが、亡くなりました。BBCテレビは、彼のことを「イギリスのサッカー史における最初のスーパースター」と紹介。新聞は各紙ともに一面で報じ、テレビは各局が追悼のニュースなどを流しました。

Football legend George Best dies
http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk/4380332.stm

ジョージ・ベストは、日本では、一部のサッカー・ファンにしか知られていないようですが、1960年代にマンチェスター・ユナイテッドで活躍した選手で、サッカーの実力だけでなく、そのポップ・スターのようなルックスから、ものすごい人気のあったプレイヤーです。いまのデイビッド・ベッカムと同じか、それ以上の人気がありました。

そして、彼の長髪は、その当時、同じように人気のあったビートルズを彷彿とさせるため、「5人目のビートルズ」とも言われていました。

彼が存命中に、プレミア・リーグの試合を見に来ることもあったのですが、その際、テレビカメラが観戦中の彼を捉えても、アナウンサーは、彼が何者であるかについては、わざわざ説明する必要はありませんでした。アナウンサーが、「あぁ、ジョージが来てますね」と言うだけでわかるほどの、イギリスでは、良く知られた存在でした。

彼の半生をつづった映画も作られています。

『BEST』(邦題『マンチェスター・ユナイテッドの至宝 ジョージ・ベスト物語』)は、試合などの記録映像と、再現された部分を組み合わせた映画ですが、1960年代の雰囲気は、よく出ていると思います。あと、『Manchester United - The Official George Best Story 』というDVDも出されていますので、機会があったらご覧ください。

というわけで、合掌。

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2005.11.25

マンチェスター・ユナイテッド(中)

その昔、といっても1990年代のことですが、マンチェスター・ユナイテッドのユニフォームには、「SHARP」と書かれていました。シャープの現地法人がマンチェスターにあったのが縁で、スポンサーになっていたからです。

かつては、年に1度、マンチェスター・ユナイテッドのホーム・スタジアムであるオールド・トラフォードに、スポンサーを招待する日というのがあったそうで、ヨーロッパで働いているシャープの方たちも、その日を楽しみにしていたそうです。

しかし、2000年から、このスポンサーの座をボーダフォンに奪われます。その時の、契約は4年間で3000万ポンド(約60億円)という巨額のもの。さらに、この契約は、2004年から4年間で3600万ポンド(約72億円)に延長されました。

マンチェスター・ユナイテッドは、2002年からは、ナイキとも契約しており、これにより「マンチェスター・ユナイテッド」x「ボーダフォン」x「ナイキ」の3つのグローバル・ブランドが揃いました。マンチェスター・ユナイテッドが勝てば、ボーダフォンやナイキのロゴがテレビや新聞に露出し、また、ボーダフォンやナイキが進出した地域には、マンチェスター・ユナイテッドの選手の写真が掲げられるわけで、3つのブランドの相乗効果を狙った戦略です。

これを仕掛けたのは、当時のマンチェスター・ユナイテッドのCEOのピーター・ケニヨン氏で、同氏は、この成功により、イギリスを代表するビジネスマンの一人に数えられています。

現在、ケニヨン氏は、ロシアの富豪ローマン・アブラモビッチ氏が買収したチェルシーのCEOを務めており、同じ戦略を、「チェルシー」x「サムスン・モバイル」x「アディダス」でやろうとしています。・・・ と、ここまで書いたところで、「ボーダフォンがマンチェスター・ユナイテッドとのスポンサー契約を、予定より2年早く、今シーズン限りで打ち切り」というニュースが・・・。

この契約解除は、ボーダフォン側が申し入れたようで、理由としては、ボーダフォンが、2006年から、欧州チャンピオンズ・リーグのスポンサーとなるため、としています。ただ、今シーズンのマンチェスター・ユナイテッドは、成績も振るわず、グローバル・ブランドの相乗効果が期待できなくなったため、という見方が一般的です。

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2005.11.23

マンチェスター・ユナイテッド(上)

村上ファンドが提案した「阪神タイガースの株式公開」問題について、「株式を公開すると球団が買収されてしまう」と指摘し、その例として、アメリカ人投資家のマルコム・グレイザー氏に買収されたマンチェスター・ユナイテッドのことを持ち出す方がいます。

しかし、マンチェスター・ユナイテッドのケースを持ち出すのは、あまり適切ではありません。なぜなら、株式を公開していようがいまいが、買収される時は、買収されるからです。

たとえばグレイザー氏に買収される前のマンチェスター・ユナイテッドでは、少数の安定株主が過半数を超える株式を保有していたため、この大株主たちが、納得する買収価格を提示した時点で、買収は成立したも同然でした。

もしこれが、株式非公開のチームであれば、そのチームのオーナーと直接取引をすれば、買収することは可能です。イギリスでは、株式非公開のチームが買収されることも多く、現在は、外国人のオーナーも増えています。

マンチェスター・ユナイテッドのケースでは、株式公開をしていたために、グレイザー氏は買収後の経営計画を公にする必要があり、むしろ買収に時間がかかったとも言えます。

イギリスでは、サッカー・チームのオーナーが変わることは、よくありますが、この点は、あまり問題になりません。むしろ、本拠地を変えることへの抵抗感の方が強いようです。

日本のプロ野球では、オーナー企業の都合で、本拠地を変えることがありますが、こちらの方がファンを無視しているような気がするのですが、これがあまり指摘されないのはなぜでしょうか。

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2005.11.21

移民について-イギリス篇3-

イギリスにいる移民たちや、その二世、三世は、自分たちのアイデンティティをどのように保っているのでしょうか?

イギリスは、ご存じのように、イングランド、スコットランド、ウエールズ、北アイルランドの四カ国の連合王国です。そして、そこに住んでいる人たちは、それぞれイングリッシュ、スコティッシュ、ウエールシュ、アイリッシュと呼ばれます。しかし、これらの言葉は、もっぱら白人を指すことが多く、アジアやアフリカからの移民やその子供たちには、しっくりこない感じがあるようです。

最近は、移民の人たちにも、これらの言葉を使うことも増えていますが、しかし、もっぱら彼らは、自分たちのことを「ブリティッシュ」(British)と考えていることが多いようです。 ブリティッシュは、イギリス人全体を指す言葉で、この概念の中には、もちろんイングリッシュやスコティッシュなども含まれます。

ところで、日本語でいう「イギリス」という言葉は、ポルトガル語のInglezつまりEnglishからきていて、この「ブリティッシュ」に相当する日本語がありませんよね。そこで、「ブリティッシュ」は、便宜的に「英国人」と訳されることになるわけですが、ちょっと違和感を感じてしまいます。

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2005.11.19

移民について-イギリス篇2-

今日、紹介するのは、1999年に製作された映画『East Is East』(邦題『ぼくの国、パパの国』)です。

この映画は、1971年のマンチェスターに住むパキスタン移民の父と、イギリス人の母、そして7人の子供からなる一家を描いたものです。

私は、イギリスにきてすぐの頃に、こちらの英語学校に通っていた時期がありまして、そこの先生が、「面白いコメディだよ」と、授業時間に見せてくれたのが、この映画でした。しかし、イギリスに来たばかりの私にとっては、英国内におけるマイノリティを扱った重苦しい映画という印象しかありませんでした。

ところが、イギリスでの生活に慣れてきた頃に、この映画がテレビで放映されたのですが、その時は、かなり面白く感じられるようになりました。主人公のお父さんが、近所の雑貨屋の親父に似ていて、要するに映画に描かれている人たちを、以前よりも身近に感じられるようになったからだと思います。

この映画は、パキスタンからの移民、つまりイスラム教徒を扱ったコメディのために、ネタとしてきわどい部分もあるのですが、それでも今年7月7日の爆弾テロの後にも地上波のテレビで放映されており、なんというか、イギリス社会の懐の深さを感じます。

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2005.11.17

英語のオフショアリング

イギリスの企業では、ここ数年、カスタマー・サービス用のコール・センターをインドに移すということが、さかんに行われています。たとえば、BT(ブリティッシュ・テレコム)やHSBC(香港上海銀行)などのカスタマー・サービス用の電話番号に電話をかけると、そのままインドに転送されて、インド人と会話をすることになります。

企業の側からすると、人件費が安いことが最大のメリットとしてあげられています。また、インドで雇用されるインド人にとっては、相対的に収入が良いということだけでなく、トレーニングの一環として、英語の発音の矯正を受けることができるというメリットがあるようで、人気の職業となっています。

日本の場合だと、せいぜい都市部のカスタマーからの電話を、地方の人件費の安い地域に転送するぐらいしかできませんが、英語ならば、英国外にオフショアリングすることも可能というわけです。

ただ、私のような外国人にとっては、インド人の話す英語は「ようわからん」というのが正直なところです。向こうも私の英語がわからないことが多く、そういう時は、双方が怒鳴りあうことになります。

そしてイギリス人にとっても、インド人の話す英語に対する不満が無いわけでは無いようで、最近は、Abbey(アビー銀行)が、コール・センターをインドからイギリスに戻すことを検討しているようです。

ただ、人件費の面から考えると、Abbeyのようなケースは、例外で、インドへのオフショアリングは、これからも進んでいくと思われます。

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2005.11.15

移民について-イギリス篇-

フランスでは、アフリカ系移民による暴動が続いているようなので、同様に移民の多いイギリスの現状について、書いてみたいと思います。

といっても、イギリスの移民政策について詳しい知識があるわけではないので、あくまでもロンドンに住んでいる一市民として、感じるところを書きます。

私が住んでいるのは、ロンドンの西3区です。住人のマジョリティは、白人なのですが、有色人種の比率もかなり高く感じます。

ここに住み始めたのは6年前ですが、その時は、インド系住民が多かったように感じます。 しかしその後、中東系が多くなり、中米系が多くなり、そして中国系が多くなり、という感じで、少しずつ住民が入れ替わってきました。今うちの近所では、インド系住民は、ほとんど見かけなくなりました。ここ一年くらいは、ポーランドなどの東欧系の白人が多くなっています。

例えとして適当かどうかわかりませんが、「去年は梅の花が良く咲いたけど、今年は、桜が満開だなぁ」というような感じで、ある時ふっと住人が入れ替わっていることに気づきます。

この人たちが、英国外から来たのか、英国内の他の地区から来たのか、そして、どういうきっかけで、住民の構成に変化が起きるのかは、よくわかりません。ただ、気がつくと入れ替わっている、という感じです。

新しい住人が増えると、通りは落ち着きが無くなって、ちょっと柄が悪くなります。半年位して、彼らの生活が落ち着くと、街も落ち着きを取り戻します。そんなことの繰り返しです。

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2005.11.13

イギリスの英語-3-

映画『フル・モンティ』で、私が好きなシーンは、ダンスの練習の際にステップの踏み方がわからないところで、メンバーの一人が「これはアーセナルのオフサイド・トラップと同じだな」と気がついた途端に、うまく踊れるようになってしまうところです。

ところで、イギリスの地方の訛りの強い映画は、英語学習者には、お薦めできないかもしれませんが、これからも時々、紹介しますので、おつきあいいただけると幸いです。

今日紹介するのは、2000年に公開された『リトル・ダンサー』。原題は、主人公の名をとって『Billy Elliot』。舞台は、1980年代の北部イングランドのとある炭坑の街で、ビリー・エリオット少年が、バレエ・ダンサーをめざす、という話です。サッチャー時代の炭坑ストなどが、時代背景として描かれています。

この映画、初めから終わりまで、北部イングランドの訛りが満載なのですが、最後のバレエ学校の面接シーンでは、試験官が、いわゆるクィーンズ・イングリッシュを話していますので、比較してみてください。もちろん、この映画も、そういうことに関心が無くても楽しめますので、お薦めします。

イギリスでは、大ヒットした映画で、映画だけでなく、ミュージカルも作られて、上演されています。また、2003年の新年にBBCで放送したところ、実に1270万人が見た、と伝えられています。

イギリスでは、テレビ番組について、視聴率ではなくて、視聴者数が発表されます。もちろん、これは独立した調査機関によるサンプル調査による推計です。ちなみにイギリスの人口は、約6000万人なので、『Billy Elliot』は、単純計算でイギリス人の5人に1人が見たことになります。

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2005.11.11

イギリスの英語-2-

1980年代までは、イギリスのニュース番組などでは、いわゆるクィーンズ・イングリッシュしか使われなかったようですが、1990年代に入ると、そういうのを見直そうという動きがあって、昔ほど極端なクィーンズ・イングリッシュは聞かれなくなったそうです。

そして、そういう気運に影響されたのか、方言や訛りを、そのまま活かした映画も数多く作られるようになりました。というわけで、そういった映画の1つとして『フル・モンティ』(原題『The Full Monty)を紹介します。



これは、北部イングランドのシェフィールドを舞台にした映画で、失業した男たちが、一稼ぎしようと一回限りのストリッパーになる、という他愛もないストーリーの映画です。

この映画の中で話されるシェフィールド訛りの英語では、「come」は「カム」じゃなくて「コメ」だし、「fucking」は「ファッキング」ではなく「フッキング」だし、「money」は「マニー」じゃなくて「モネー」となります。ほとんどローマ字読みに近い発音になります。正直なところ、DVDで下に英語の字幕を出しながらでないと、何を話しているのか、さっぱりわかりません。

とあるイギリス人によると、この映画がアメリカで公開された時は、シェフィールド訛りを聞き取れないアメリカ人のために、英語の字幕をつけて上映したそうです。

そういうわけで、DVDを借りてきて、下に英語の字幕を出しながら見てみると、このシェフィールド訛りが、どんなものかよくわかると思います。まぁ、そういうことに関心の無い方でも、楽しめる映画ですので、お薦めします。

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2005.11.09

イギリスの英語

えー、1回目のエントリーでいきなりやらかしてしまいました。「alternative」のスペルを、「altanative」と書いてしまいました。ご指摘ありがとうございました。こっそり、直しておきました。やはり、「編集者の目」というのは、必要ですね・・・。

イギリスには、日本語の「標準語」に相当するものがないため、出身地や生まれ育った環境によっても話す言葉も違ってきます。有名なところでは、ロンドンの下町言葉の「コックニー」と呼ばれる訛りで、「H」は「ヘイチ」と発音します。「8」は「アイト」だし。知らないと、言われた瞬間「?」となります。

また、「number」という単語は、日本だと「ナンバー」と読みますが、マンチェスターなどの北部イングランドに行くと、「ぬんべぇ」と発音します。ローマ字読みに近くなるわけです。以前、マンチェスターのホテルにチェックインした際に、「room number」を、「るぅむ ぬんべぇ」と言われたのですが、突然言われると、これまた「はぁ?」となります。

実は、1990年代以降、こういう方言や訛りを、そのまま使った映画というのが数多く作られています。というわけで、次回は、そうした映画を紹介したいと思います。

ええと、あとイギリスに来たのは、ほとんど成り行き任せで、特に理由はありませんです。

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2005.11.07

ロンドンより、こんにちわ

こんにちわ、初めまして。 英国ロンドンで、フリーランスのジャーナリストをしています安藤怜(あんどう さとし)と申します。このたび、オルタナティブ・ブログに参加させていただくことになりました。

私は、この「オルタナティブ・ブログ」が始まった時には、一読者として、かなり注目をしていました。 というのも、10くらいのジャンルにわけた各分野を、編集者的センスのあるジャーナリストに担当させることで、それぞれ専門性のある独自ニュースや、ニュースの解説などが、編集者を介さずに次々とアップされ、一つのニュース・メディアとして立ち上がるのではないかと思ったからです。

しかし、こちらのブログも始まった当初は、ジャーナリストの方のエントリーもあったのですが、次第に、企業協賛の方やITメディアの編集部の方のエントリーが中心となってきているようです。これは、なぜなのでしょうか? ジャーナリストやライターというのは、やはり編集者がいないと仕事ができないものなのでしょうか?

インターネットの掲示板やブログが普及して以降、ビジネスやスポーツなど他の分野で活躍されている方の意見が、そのまま読めるものに人気が集まっているようで、文筆を業とするものは、なんだか肩身が狭くなっているように感じられます。

しかし、そうは言っても、まだまだ生き残る方法はあるのではないか? なんてことを思いまして、そして、その方法を模索するために、こちらのブログに参加させていただくことにしました。

そんなわけで、ゆるゆるとおつきあいの程、よろしくお願いします。

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