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2007年1月

2007.01.31

ソニーエリクソンの挑戦(15)~2004年3月、日本モデルの欧州への進出

2004年3月9日にロンドンで開かれた記者会見では、回転式の『S700』というモデルが発表されました。これは、日本では2003年夏に『SO505i』として発売されたもので、ソニー・エリクソンにとっては、日本モデルの欧州進出第一号となりました。ジョグタイヤルのかわりに十字キーなど、細かいデザインは異なっています。

http://k-tai.ascii24.com/k-tai/news/2004/03/10/648629-000.html

ソニー・エリクソンは、設立の経緯から、GSMを担当する組織と、日本市場を担当する組織が分かれており、それぞれのマーケットの特性などから、あまり交流は無いようです。その後のラインナップを見ても、『SO505』から『S700』への移行は、ソニー・エリクソンにとっても珍しいケースだったと言えます。

[2007年1月31日追記]本日、ソニー・エリクソンが、インドに生産拠点を開設する、という発表を行いました。実際の生産は、アウトソーシングのパートナーであるFlextronicsとFoxconnによって行われますが・・・。2004年3月9日の記者会見のメモを読み返していたら、「中国やインドなどの新興市場への対応はどうするのか?」という質問が記者から出て、井原社長が、「中国には生産拠点があるので、インドも、それで賄う」と答えていたのを思い出しました。そのソニー・エリクソンが、いまやインドに生産拠点を持つ。何というか、「思えば遠くに来たもんだ」という感じで感慨深いですね。

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ソニーエリクソンの挑戦(14)~1994年2月、米クァルコムとのジョイント・ベンチャー設立

これは意外と知られていないことなのですが(私もソニー・エリクソンについて調べるまでは、知りませんでした)、ソニーは1994年にアメリカで、米クァルコムとジョイント・ベンチャーを設立し、CDMA対応携帯電話の生産を行っていました。

クァルコムといえば、現在は、端末の生産からは撤退し、CDMAに関する特許料収入と、携帯電話向けベースバンドチップの開発・販売、アプリケーション・プラットホーム「BREW」の技術供与などが、主な事業の柱となっています。

このクァルコムとソニーが1994年に設立した合弁会社「クァルコム・パーソナル・エレクトロニクス」(Qualcomm Personal Electronics=QPE)については、"The QUALCOMM EQUATION"(クアルコムの方程式、デーブ・モック著、AMACOM 2005年)において触れられています。以下は、同書pp.114-115の拙訳です。

「世界のすべてのグローバル企業の中でも、クァルコムにとって、ジョイント・ベンチャーを設立する最良の機会は、サンディエゴの本社から通りを下ってすぐのところにあった。1993年末、クァルコムは、ソニー・コーポレーションのアメリカ・オフィスとジョイント・ベンチャーに関する話し合いを始めた(ソニーは、すでにクァルコムとCDMAを採用する契約を結んでいた)。
 1970年代から、サンディエゴを拠点としていたソニーは、CDMA方式の携帯電話を製造する上で、最高のパートナーだと思われた。その日本を代表する大企業は、強力なブランドを持つ、世界トップの消費者向けエレクトロニクス・メーカーとして君臨していた。そして、幸いにも、ソニーは、CDMA対応携帯電話の製造を望みながらも、その能力に欠けていた。
 ソニーは、テレビや、その他の家電製品を製造するためにの生産設備を、サンディエゴと、メキシコのティジアナに保有していた。そのため、携帯電話のデザインや製造を地元で行うことができ、これは製品をマーケットにすぐ投入できるという点で、大きなアドバンテージとなった。
 そして、またソニーも、先進的な通信分野への進出を望んでいた。ソニーのアメリカにおける事業は、いくつかの分野において活発であり、ソニーのカッティング・エッジ(先進的)なスタイルは、クァルコムの革新的なCDMA技術にふさわしいものだった。
 果たすべき役割と義務に関する集中的な交渉を経て、1994年2月、両者のパートナーシップは、ジョイント・ベンチャーとして結実した。こうして、ソニーが49%、クァルコムが51%出資するクァルコム・パーソナル・エレクトロニクス(QPE)は誕生した。両社は、このジョイント・ベンチャーに、あわせて2500万ドルの投資を行い、それぞれの社内の当該部門を移管させた。クァルコムとソニーは、1995年前半までに、このジョイント・ベンチャーに生産能力を備えさせるために、3600万ドルの融資も保証した。
 (携帯キャリアの)US WESTから、すでに端末の注文が入っていたことから、QPEは、生産を開始するために必要な、装置、人材、そして設備を購入していった。(中略)両社のパートナーシップは、技術の移管、数千人の人材確保、サンディエゴにおける先進的な工場の開設へと突き進んでいった。
 そしてソニーは、ワイヤレス・コミュニケーションのリーダーになるという重要な戦略の一環として、1995年、佐藤裕、ウォークマンの成功を支えた天才(The Prodigy behind the Walkman's success)、をQPEの指揮を執らせるために派遣した--。

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2007.01.29

セルフトラックバック再考

少し前のことですが、吉川さんが「セルフトラックバック」について、私が昔書いたエントリーなどを紹介しつつ考察されていました。私のエントリーにもトラックバックをくださったのですが、ネタふりしていただいたのに、長らくほったらかしにしてしまいまして、申し訳ありません。ごめんなさい。

ナレッジ!?情報共有・・・永遠の課題への挑戦
「ブログの濁流に埋没するナレッジを再利用したい(2)」
http://blogs.itmedia.co.jp/knowledge/2006/11/post_eee2.html

安藤怜のロンドン灯「セルフ・トラックバック」
http://blogs.itmedia.co.jp/london/2005/12/__67a8.html

それで、「セルフトラックバック」なのですが、ブログはしばしば「簡易日記」というような紹介のされ方をすることがあるのですが、この日記形式であることに対する窮屈さ、使い勝手の悪さを解消できないか、ということから「セルフトラックバック」というものを思いついたのです。

たとえば、仕事で文章を書く場合には、必ずしも今日起きたことは今日書いて、明日起きたことは明日書く、わけでは無いですよね。今日起きたことを今日書いたとしても、明日には昨日起きたことを書くかもしれませんよね。

マニュアルや伝達事項を書く際でも、読み手が時間軸上で最初に読むべきところから書くよりも、重要なところを先に書いて伝えてしまう、ということは往々にしてあるわけです。そして、日記形式ですと、書いた順番、アップした順番に配置されてしまうのですが、後から、この部分とこの部分を入れ替えたい、と思っても、それがなかなかうまく行かないことも多いわけです。

この「書いた順番と読まれるべき順番の齟齬」を解消するために、セルフトラックバックというのを思いついたわけです。いま私は、ソニーエリクソンについての連載をしているのですが、思いついたことから順番に書いているので、時間が前後することも出てくるかもしれません。ですから、読むべきエントリーの順番を入れ替えたりするためにセルフトラックバックを使うかもしれません。

吉川さんのブログのテーマである「情報共有」という観点からすると、ブログの日記形式=時間軸によるエントリーの配置というのは、ブログの持つ可能性を、少し制限してしまっているのではないかと思います。「セルフトラックバック」よりも、もっと有効なエントリーの再配列機能が備わるとよいのですが・・・。

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ソニーエリクソンの挑戦(13)~インターミッション

これまでソニーエリクソンについて、主に2003年に起きたことを中心に述べてきました。2004年というのは、同社にとっても比較的順調な年で、マイルス・フリント氏が新しい社長に就任したり、新製品のラインナップが増えたりと、話題は豊富ですが、しかし、2005年2月の3GSMにおいて「ウォークマン携帯電話」発売のアナウンスをするまでは、比較的地味な話題が続きます。

そこで、これからしばらくは、2004年の出来事と、2001年10月にソニーエリクソンが設立される以前の出来事とを、交互に紹介していきたいと思います。映画で言うと、『ゴッドファーザー Part.2』のように、第一作目の『ゴッドファーザー』を踏まえて、その後のストーリーと、それ以前のストーリーを交互に描いていくようなかたちとなります。

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2007.01.28

ソニーエリクソンの挑戦(12)~井原氏はソニーの次期社長候補なのか?

わかりません(笑)。私は、昔、とあるビジネス誌で記者をやっておりまして、そこでは、しばしば担当会社の社長人事の予測記事を書くことがありました。そういう場合は、業界の噂話や、いわゆる新聞辞令を紹介することになります。これが、当たることもあれば、まったく当たらないこともありました。

また、自分が所属していた会社でも、社長や役員人事などで、まったく予想のつかない人事が行われることがあり、「自分の会社の人事すらわからないのに、よその会社の人事なんかわかるわけないよなぁ」と思ったものです。

ただ、井原勝美ソニー副社長が、ソニーの次期社長ではないか、という見方をする方もいらっしゃいますので、それについて考察をしたいと思います。

たとえばジャーナリストの大河原克之氏は『ソニースピリットはよみがえるか』(日経BP社、2005年6月20日)において、2005年3月のソニーの役員人事について、次のように分析しています。

「しかし、筆者がソニーおよびソニー関係者を取材する中で得た情報を総合すると、次のようなストーリーが浮かびあがってくる。07年度から、井原勝美副社長を社長とする"本格政権"を立てる。その地ならしとして必要なリストラを、ストリンガー次期(原文ママ)CEOが短期決戦で遂行する。同時に、ソニーらしい強い製品を作るための体制整備を、中鉢次期(原文ママ)社長が中長期で進める、というものだ。
 ・・・ソニーが創立60周年を迎え、TR60を終了するのが06年。その次の年、つまりソニーの創業61年目に、井原副社長は57歳となる。出井会長(原文ママ)がCEOに就任した年齢、そして、中鉢氏が社長に就任するのと同じ年齢だ。"本格政権"を担うには、ちょうどよい頃合いと言える」(P.197, P.202)

この大河原氏の説で行くと、井原副社長は、今年、社長に就任することになりますが、どうなんでしょうか? 私は、時期はともかくとしても、井原副社長が実績から言って、ソニー社長になってもおかしくはないと思っています。しかし、井原副社長は、ソニー社内では、いわゆる「管理屋」に属しており、「ソニーのトップは、やはり技術がわかる人がいい」との意見が出てくるかもしれません。

この点については、どう判断すべきでしょうか? どういうわけか、私はソニーの社内報を入手しておりまして、そこから、井原氏が副社長に就任した時のインタビューの一部を紹介しておきます。

「私のバックグラウンドは『理科系』
 高校時代は、数学と物理が大好きな理科系少年でした。ですから大学は、「素粒子」という物理学を勉強したくて理科系の大学に入ったのです。ところがちょうど大学紛争の真只中で、その年の年末まで授業が始まらなかったんですよ。その頃から志が変わり、物理学から経営工学という分野、特にソフトウェア工学の勉強をし始めました。ソニーに入社して驚いたのは、私のバックグラウンドは理科系なのに、経営工学を専攻したため文化系と勘違いされるのです。ソニーに入ったら違う看板を掲げられた、という感じがします(笑)。」

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ソニーエリクソンの挑戦(11)~ソニエリとブラビアの共通点

井原勝美ソニーエリクソン社長のインタビューの内容については、いろいろと検証すべきところもあるのですが、その中でも、一つのポイントと言える部分を考察してみたいと思います。それは、生産面にかかわる部分で

「変動が激しいですからね。市場の。それで、のんびりしたオーダー・ルールでやっていないから。短期ですごくたくさん作ったり、すとんと落ちたり、そういうことがありますから、そういう変動に追随していくということが、なかなか容易なことではないですね。」

携帯電話のようなコモディティ化が激しく、かつ他品種を生産しなければならない商品は、マーケット、それも世界各国のマーケットの動向をにらみながら、どの機種を、どれだけ生産するのかを、瞬時に判断し、厳密に生産・流通させていく必要があります。

また、井原氏は、ソニー復帰後に液晶テレビ『ブラビア』を担当されて、落ち込んでいたソニーの液晶テレビのシェアを回復させたことでも知られてます。私は、昨年3月に、スペインにあるブラビアの工場を見学させていただきました。

http://blogs.itmedia.co.jp/london/2006/03/post_da10.html

この時、工場長に、ソニー本社にどれくらいの頻度で、生産や販売の情報をあげているのか? と質問したのですが、「そういう質問は、広報の許可が無いと話せません」とニヤニヤと笑みを浮かべながら、はぐらかされてしまいました。しかし、おそらくソニーエリクソンの携帯電話と同じように、かなり厳密なデータをソニー本社にあげて、生産や販売の量をコントロールしているのではないかと推測されます。

これまでのソニーの商品と言えば、テープ・レコーダー、トランジスター・ラジオ、トリニトロンTV、ウォークマン、ハンディ・カム、サイバー・ショット、プレイステーション、平面ブラウン管ヴェガなどなど、優れた機能や性能を持つ製品で、ヒットを飛ばし、他社がなかなか追いつけない間に、ブランドを確立し、他社が追いついた頃には、他社製品よりも高く販売できるようになっている、というものが多かったと思います。もちろん生産・流通の管理は、ソニーをはじめどこのメーカーでも日々行っていることは言うまでもありません。

しかし、ソニーエリクソンの携帯電話や、ソニーの液晶テレビ『ブラビア』は、先行する他社を追い上げる立場にあり、そのためには良い製品を出すだけではなく、追い上げていくために生産や流通の厳密な管理が必要となってきます。しかも、この2製品は、コモディティ化が著しく、また、他社もこれまでよりも簡単に類似の製品を出しやすくなっているだけに、よりいっそう生産・流通の管理が必要であると言えます。これが、ソニーエリクソンの携帯電話とブラビアの共通点だと言うことができます。

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2007.01.26

ソニーエリクソンの挑戦(10)~井原社長インタビュー(資料編)

私がソニーエリクソンの井原勝美社長(当時)にインタビューしたのは、2003年12月のこと。この時、私は、井原社長は、いずれはソニー本体に戻るかもしれないが、少なくともあと1~2年はソニーエリクソンの社長をつとめるだろう、だから、その間に、ソニーエリクソンの設立から、ここに至る間での話を聞くことができるだろう、と考えていました。

しかし、ソニー本体を取り巻く状況が許さなかったのか、この数カ後、2004年4月には、ソニー本社に副社長として復帰することを発表、ソニーエリクソンの社長は、マイルス・フリント氏に引き継がれました。

井原氏は、ソニーグループのリストラを統括し、2005年には、代表権を持つ副社長として液晶テレビ『ブラビア』を担当と、その後の活躍はみなさんも、よくご存じの通りです。2004年に急遽、ソニー本社に呼び戻されたのは、もちろんソニーエリクソンの設立から、経営を軌道に乗せるまでの功績が評価されたことは言うまでもありません。

そう、まさに

---成功の暁には名誉と賞賛を得る

となったのです。



井原勝美ソニーエリクソン社長インタビュー  (2003年12月13日、ソニーエリクソン本社にて)                             


--ソニーグループにおけるソニーエリクソンの位置づけは?

昔、携帯電話がボイス中心の利用形態の時には、それほどソニーの中で、携帯電話の重要性は、あまり認識されなかったと思うのですけれども、これだけ携帯電話が急速にいろんな周辺機能をとりこんで、なおかつコンスーマーは、いつでも携帯電話を肌身はなさず持って使っていると、そういった意味では、究極のコンスーマー商品ですよね。で、AV機能もどんどんどんどん取り込まれているんで、もうソニーにとっては、このビジネスを失うわけにはいかないと、僕は思っているんですよね。

しかも、その私は、昔から言っているんだけど、「携帯の弱いソニーは、魅力の乏しいソニー」と。いう風に僕は、思うんですよ。というのは、若い世代もね、もう、中学生ぐらいから、どんどんどんどん携帯を使ってね、その携帯の持っている話題性とか、あるいは雑誌で取り上げる露出といったらね、他のAV機器比べものにならないほど大きいですよ。

だからそういった意味でもね、あの非常に重要な商品にね、育てているんで、携帯のビジネスに弱いソニーはね、弱いとしたらですよ、魅力の乏しいソニーになっちゃうと。ある意味では期待もあって、なんとかせにゃいかんということで、こういう戦略に出ている訳ですよね。

で、ソニー・エリクソンという、会社をですね、勝利の方程式、ウィニング・イクエーションはなんだったかと、もういちど整理してみるとね、ソニー・エリクソンにとっての重要性というのは、大事な要素というのは、ソニーの持っているコンピテンシー(強み)と、それからエリクソンの持っている強み、この2つをですね、携帯電話の事業に持ち込むこと。

--エリクソンの強みは、技術?

ソニーの持っている強みは、言うまでも無いことですが、AV技術、ブランド、コンスーマー・マーケティング、商品企画、そういうのがありますよね。エリクソンの持っている強みというのは、ワイヤレスのテクノロジー、無線技術、もう一つは、世界のオペレーター・ビジネスに対する理解といいますか。ま、そういうのがあるわけです。

これらはですね、ソニーは、エリクソンの強みがないために、エリクソンはソニーの強みがないために、かっては、両方の端末ビジネスは、成功しなかったわけですよね。ところが、いまいったような、両親会社の強み、というのは非常に相互補完的でね、それで、それらを持ち込めればね、僕は、このインダストリーの中で、潜在的に一番強いビジネス・インフラを持てる会社になると、信じて疑っていないんですよ。

で、事実ですね、いま携帯電話で、何が起こっているかというと、どんどんどんどん携帯電話にAVの機能が取り込まれていますよね。それは、もうご承知のように、携帯電話そのものがね、ミュージック・プレイヤーになるし、携帯ウォークマンみたいな機能にもなるわけだし、カメラもついて、撮ってすぐ送れるようにもなるし、それから、PDAの機能は、もう、ほとんどあると、いうことでですね、AVの機能が入っていくいうことが一つと、技術的な面でもね、いまちょうど、いわゆる2.5世代から第3世代といわれているところに、通信方式が移行しつつありますよね。まさに、この双方の親会社が持っているコンピテンシーがね、いま最高度に発揮できるような市場になっているわけですよ。

世界でですね、ソニー・エリクソンみたいに、オーディオ、ビデオのコンスーマー事業にも片足があって、次の新しい通信方式にも対応できる企業はね、ほかに無いと言っていいぐらい。

--3GとはW-CDMAのことですか?

日本ではW-CDMAと言いますが、ヨーロッパでは、UMTSと言います。第3世代でも、いままでのGSMでも使えるというもの。本当に、時代や市場が、ソニー・エリクソンの持っている強みを、文字通り活かすような状況に向かって、どんどんどんどんシフトが始まっている。それは、非常に、我々にとってはフォローの風だな、と思っています。

--市場が進化していて、それにふさわしい資質をソニー・エリクソンは備えている、ということですね。

そうそう。まさにその通り。説得力ありますかね?

--あとは、市場のデマンドに応じて商品を出していく。

まったく、その通りですね。で、世界のオペレーターは、どういう風に見ているかということですが、まぁ、その世界のオペレーターは、言ってみればノキアの一人がちの状態になっているわけですよね。それで、こういった一社独占の供給状態にあることを嫌っていて、もっとコンペティティブなその端末メーカーの存在に期待している訳です。だから、世界のどのオペレーターであっても、彼らは、ソニー・エリクソンの成功を望んでいる。

--日本型のビジネス・モデルだと、オペレーターがかなりコミットしていますよね?

日本のビジネス・モデルというのは、非常に特異だったわけですよね。これは、オペレーターが、端末からコンテンツまでバーティカルに仕切るというビジネス・モデルでね、それで、それゆえに、オペレーターの戦略がビジネスに非常に短期間に反映していく構造を持っているわけですよね。

で、ヨーロッパは、日本以外の市場は、むしろどちらかというと水平分業型でね、オペレーターは、ネットワークを提供し、端末メーカーはジェネリックな商品を、複数のオペレーターに提供し、コンテンツ・サプライヤーは、コンテンツをいろんな端末に提供すると横に切れていた。ところが、それじゃあね、新しいデータサービス需要に対応するサービスの提供とか、新しいアプリケーションの開発とか、そういうものが進まないとみて、いま日本型のビジネス・モデルに転換しつつあるんですよ。

で、ボーダフォン・ライブとか、それからTゾーンとか、日本で言うiモードとか、イージーウェブに対応するような、どっちかというとホリゾンタルなビジネス・モデルから、日本型のバーティカルなビジネス・モデルに転換しつつあるわけです。これは、端末メーカーが望むとか、望まないに無関係でね、なにしろ、オペレーターはそう動く。そうすると、端末メーカーの役割は、そういった動きにいち早く対応した商品を、各オペレーターに提供できるかどうかというのが勝負になってきて、そういう面では、日本や韓国のメーカは、こういう勝負には慣れているわけですよ(笑)。

だからね、あの、チャンスが出てくる。事実、シャープのボーダフォン・ライブへの取り組みとかね、パナソニックもそうなんですが、それはアジアメーカーにとってはね、むしろ入りやすい環境ですよね。

--日本メーカーは、オペレーターの要求が大きいほど入りやすい?

要求が大きいし、多様化しつつあるということで、昔みたいに、一つの商品を全オペレーターに提供するというのがなかなかできなくなってきた。いちばん対応が遅れているのがノキアですよ。だから、ノキアのシェアは、どんどんどんどん下がっている。西ヨーロッパではね。

--世界シェアは、まだまだ・・・

そうですね。ソニー・エリクソンは、そういった意味では、けっこうがんばっているですよ。西ヨーロッパでは、けっこうシェアが上がってきているんですよ。

--当面のライバルはノキア?

まぁ、そう言わないで欲しいよ。差が開きすぎている。

--でもまぁ、「ノキアの、ラインナップのこの部分には勝てる」とか・・・

だから、さっきの会社の発足の当時の戦略に戻ると、すっぽんぽんの安いモデルで勝負できるような会社の、そういう強みを持っている会社じゃなくて、逆に、非常な高度な通信技術と、高度なAV技術をね、使った商品で競争力がでるような、DNAを持った会社ですよね。で、したがって、たとえば、カメラ付きの電話なんて我々の一番強みのところだと思うんですよ。

で、だから、今度西ヨーロッパの第3四半期のカメラ付き携帯電話のシェアなんてのはね、ナンバー2でものすごく高い。それはやっぱりね、我々の会社って言うのが、そのそういう高度な技術にねざした電話を作るのに、競争力がある会社なので、そういうところで、がんばるということですね。

--ソニーとのコラボレーションは?

もちろん、ソニーとはね、キーデバイスの開発・供給、たとえばカメラ・モジュール、とかですね、LCDモジュールとか。あるいはFelicaを携帯電話に入れると。ドコモが入れると、KDDIも採用する。そういうところで、ソニーのエレクトロニクスと関係がまず一つありますよね。

えっと、今度は、反面、ソニーブランドの商品も通信技術を必要としつつあるんですよね。これは、たとえばポータブルのゲーム機だとか、ポータブル商品全般にそういう風になりますよね。

それで、いまソニーの中のいくつかの事業部と通信技術と通信モジュールの提供について、話し合いをしている。それが、今度は逆に我々が技術面でソニーに貢献できる点ですよね。

それから、コンテンツ・グループのコラボレーションも進んでまして、たとえば、ソニー・ミュージック。これは、たとえば、音楽を、モバイル・ユーザーを対象として、たとえばリング・トーンとか、着うたとか、そういうかたちでタイアップして提供しようというコラボレーションを、各国ベースで進んでいます。

それから、ソニー・ピクチャーともね、あの映画を素材としたウォールペーパーとか、モバイルを対象とするコンテンツに対するサービスとか、結構コラボレーションがあります。

--ゲームは?

ゲームはね、プレイステーションのグループとはね、そういった意味では、明確なあれはありませんけど、プレイステーションというのは、そのゲームのブラットフォームを提供していますよね。で、ゲームは、そのブラットフォームに乗っかって、ゲームコンテンツを提供しているのは、それぞれ、別の会社であって、我々は、そういう会社と提携して、我々のブラットフォーム上で、ゲームを提供してください、という活動はやっているんです。

だから、むしろプレイステーションのグループとは、次の通信モジュールで話し合いが始まっている。

--バイオやプレステがライバルですか?

まぁでもやっぱり、そのコンテンツの表現力という面ではですね、やっぱり、専用マシンには、かなわない訳ですよ。やっぱり、ゲームっていうのは、やっぱりこれ(携帯電話)は、専用のゲーム機では無いですから、やっぱり電話の中心的な機能というのは、通話とデータをやりとりする、この液晶のレベルの中での表現力ということになるわけですね。

ところが、プレイステーションなんかで、提供しているようなコンテンツというともっと、画面が大きくてデータ量ももっと大きくて、もっとリアルで、ここにゲームとしての迫力が出るわけですよね。ですから、まったく対抗するという風なイメージでは、僕なんかは、ちょっと考えにくいですね。

--スマートフォンのP800からP900では、かなりデザインが進歩しました。

中身はそうかわっているわけではないですけどね。それほどデザインが重要ということですね。

たとえばね、これをバイオの競合とみるかどうかというと、機能性から言えば、Eメールだってみれるし、インターネットもアクセスできるし・・・。でも、その表現力からいえば、この液晶サイズですからね、だから、ある特定の目的だったら、ものすごく効力を発揮するのだけれども、長いメールのやりとりとか、エクセルのアタッチとか、こういうことになってくると、やっぱり限られた表現力があって・・・。ごく一般的にPCと競合するかというと、それぞれの得手不得手があると思うから、必ずしも、そういうことにならないと思いますけれども、ある特定セグメントを想定するのならば、十分いけると思うんですよ。これは、生きる道はあると思うんですよ。

このメッセージなんか、あのね、こうやって書いて送ることもできるわけだし、そういったわけでは、多機能だし

--通信機能のあるPDAと。

そうそう。PDAとは、真っ向から競争していると思うんですけどね。

--ソニーもPDA(クリエ)を出していますね。

うん。あんまり、そういうことを言うとですね、ソニーの人に嫌われちゃうから(笑)。でも、それはね、好きか嫌いか言っている場合じゃなくてね、ビジネスのリアリティというのが、僕は、そうだと思っているわけです。

もう一つ恐ろしいのは、こういうやつってオペレーターのサブシディ(販売助成金)がついて普及していきますからね、だから商品が非常に安く提供されていくわけですよ。だから、ペネトレーション(浸透)する速度が、そうじゃない商品と比べると圧倒的に違うわけですよね。だからボリュームは、すごいでかい。

だから、そういうところがね、非常に、いわゆるソニーのコンベンショナルなビジネスとの違いで、だから、その違いが数の違いとして現れてくるので、非常に恐ろしいですよね。影響が大きいですよね。(注:その後ソニーはクリエから撤退)

--井原社長が、陣頭指揮をとったのは?

ええ、このへんからですね。これはこの春ですね。というか、ソニーの商品というのは、伝統的にね、トップがインボルブするものだという気がしますよ。それはもう大賀さんだって、そのどんな商品でも、すごい口出される方だったし・・・。

--企画の段階から。

おぉ、もちろん、そうです。スケッチの段階から、いくつかスケッチを見て、どういうデザインの方向から・・・。

--ソニー出身の方は、そういうやり方を理解しているけど、エリクソンは・・・

いやだから、さっきも言いましたけど、ソニー・エリクソンのウィニング・フォーミュラに戻ると、それは、ソニーのコンピテンシーなんですよ。だから、ソニーの強みをいかすわけです。だから、デザイナーは、いっぱいソニーのデザイナーがいるし、商品企画にも、かつてソニーで活躍した企画マンがいますしね、だから、それが、ソニーとエリクソンを50対50でごちゃまぜにするのではなくて、コンセプトとして、要するに強いコンピテンシーを持っているのを活かすということだから。ね、会社の成り立ちが。だから、デザインでソニーのコンピテンシーがあるとしたら、そこはソニーのセンスを活かす、ということだから、その点で、いろいろ不平不満があったって、そんなの聞く耳持たないですよ。

--結果が良ければいいと。

そうです。いや、それが会社の生き様というわけですよ。だから、そこを結構、誤解する人がいる。

--誤解というのは?

誤解っていうのはね、カルチャーとかなんとかとか言うんだけどね、僕が言っているのは、この50%50%のジョイント・ベンチャーは、ソニーの人50人をつれてきて、エリクソンの人50人をつれてきて、ごちゃ混ぜにして仕事をする会社じゃありませんと。だから、いろんな仕事で、ソニーの強いところとエリクソンの強いところが、全然違うところがありますと。で、携帯事業をするときには、全部が必要ですよと。だから、ソニーの強みが必要なところは、ソニーの強みを活かす、エリクソンの強いところはエリクソンの強みを活かす、という意味で、「ごちゃごちゃっと全部をマージする」というわけではありません、ということを言っているわけです。意味は伝わりますかね。

--ええ

みんなね、あるところに行くと、これはジョイント・ベンチャーらしくないね、と言うわけですよ。そういう時のジョイント・ベンチャーの期待というのはね、目の青い人と目の黒い人が50人ずつ座っていて、というイメージをジョイント・ベンチャーのイメージとして受け取る人が多いんですけど、そういうことじゃ無いんですよ。人種は問わないんだけど、お互い強いやつを全部引っ張ってきて、それでビジネス全体を構成するとね。

--それを引っ張ってくる役割をしているのが井原社長と。

そうです。それはもう私の仕事です

--そこは、何か苦労されていることはありますか?

それは、ありますよ。あの、設計のやり方も違えばね、それはね、考えてみれば、どの会社にもあることでね、ソニーの中でもも、ビジネスのネイチャーによって、たとえばコンスーマー・ビジネスをやっているグループと、ノン・コンスーマー・ビジネスをやっているグループは全然違うわけですよ。で、コンスーマー・ビジネスをやっているグループの中でもね、大崎にいてテレビやっているグループと、芝浦でオーディオやっているグループとは、カルチャーが違うわけですよ。これはね、そういったようなもんで、そのカルチャーは違うんだけれども、それを、人心を統一してね、ビジネスにまっしぐらに進むと、いうのがトップ・マネジメントの仕事だと思いますけどね。

それはナショナリティの違いから、カルチャーが違うという風な言い方も一つあるかとしれないですけれども、ナショナリティーがおんなじでもね、そのくらいのカルチャーの違いというのは、大きな会社の中では必ずあって、たぶん、どんな会社でもあると思うんだけど、そうでありながらも、人の気持ちを束ねてね、一つの目標に進むというのがトップ・マネジメントの仕事だと思いますけれどね。

--目標は?

商品はだんだんと、いいものができつつあると思いますけど・・・。オペレーターの目から見るとね、アンビータブル(負けない)という人もいるんだけれど、こういう商品をこうやって見せるとね、本当に、すばらしいと賞賛してくれるオペレーターは増えていますね。ところが、やっぱりマーケティングの力だとか、それからサプライ・チェーンの力だとか、そういったビジネスの全体にわたるパワーでいくと、まだまだという気がします。

--商品は満足している?

まぁまぁですよね。70点ぐらいでもいっていると思う。

--合格点?

ええまぁ。

--課題はマーケティングとかサプライ・チェーンですか?

そうですね。たとえばマーケティングなんかでも、ノキアやサムソンが投入している広告宣伝の量から言ったら、うちなんか、ほんとわずかな投資しかできる体力はないですよ。それから、ものを作って供給する能力って言ったら、ノキアなんて本当に強いものがあるんですけど、我々は、しょっちゅう部品が足りないかったりとかね、需要に応えられなかったりと、いうところがまだあるので、ビジネス全般にわたる力というのは、まだまだですよね。

--中国は部品の供給で問題がありました。

変動が激しいですからね。市場の。それで、のんびりしたオーダー・ルールでやっていないから。短期ですごくたくさん作ったり、すとんと落ちたり、そういうことがありますから、そういう変動に追随していくということが、なかなか容易なことではないですね。

--モデルチェンジも早い。販売奨励金もかわりますね。

ありますね。売上げが大きく変わる。

--これらの携帯電話を日本で出す予定は?

無いですね。日本の市場とは違いますね。日本は、もっとアプリケーション・リッチでね。要するに日本の市場とは、非常に先見性というか、アドバンスしていますよね。

日本で定着したアプリケーションが、一定の時間間隔をおいて、他の地域でも流行っていくというトレンドがある。日本というのは、本当に不思議なマーケットでね。あそこは通信方式では、ほとんど閉じていますよね。日本の電話は、ほかでは使えない。という意味でのね閉鎖社会なんですよ。スタンダードからみれば。

ところが、その中で花咲いている携帯文化というのは、韓国もそうなんですけど、世界でもまれな先進性をもっていると。で、私は、これ「元禄文化」って言っているんですけどね。鎖国の中で大きく花咲いたね。一大文化と。それで、日本で成功したアプリケーションが、たとえば写メールが、いまMMSとかいって、GSMで普及していますよね。

こういう風に伝播していくと。そういった意味で、ソニー・エリクソンは、また一種独特の強みを持った会社だと思っているんですよ。日本のオペレーションと、このGSMのオペレーションを両方抱えている。この価値というのは、すごく高いですよ。そういった意味で、日本の電話の先進性を、いち早くGSMの商品にも展開できると、いう意味があるわけですよ。これね、日本で大きなビジネスをやりながらも、世界で同時にGSMでも、大きなビジネスをやっている会社は、あんまりないですよね。

ノキアは、日本の中には、ほとんど入れてないし、モトローラも入れていない。それから韓国勢も日本では見ないですよね。で、反対に日本のメーカーも海外でみれば、そんなに大きなシェアを持っている会社はない。ソニー・エリクソンだけがね、その両方に軸を置いたビジネスをやっている。僕は、そういう面でも、非常にアドバンテージがあるなと、そういう風に思っています。

--パナソニックとシャープは、どうですか?

そういうメーカーは、シェアをごらんになったら、わかると思います。本当に局所戦みたいな感じですよね。(注:その後パナソニックはGSMから撤退)

--日本の3Gは開国になると?

それは、開国になるだろうし、そうあらねばならんと思うわけですよ。3Gになれば、そうなりますよ。

--黒船はノキアですか?

そうではなくて、W-CDMAというのは、日系メーカーがいちばん経験があるわけですよ。だから、両側からあると思うんですよ。日系メーカーが第3世代の技術をふまえて海外の第3世代もやっていくという図式もあれば、海外のメーカーが、海外のUMTSの機械を日本に投入していく。だから、双方向になっていくと思いますよね。文字通りね。だから、非常に面白くなっていくと思うんですよね。

--そのときに、両方に拠点のあるソニー・エリクソンにアドバンテージがあると

と、思いますよ。

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2007.01.25

ソニーエリクソンの挑戦(9)~井原社長インタビュー

2003年12月に、ソニーエリクソンの初代社長である井原勝美社長にインタビューを行いました。2003年というと、4月に1-3月決算の下方修正を行ったことをきっかけに株価が暴落した、いわゆる『ソニーショック』があった年です。そして、『週刊東洋経済』2004年1月10日号では、『ソニー王国 逆襲のシナリオ』という特集が組まれ、その一部として掲載されたのが、次の『欧州携帯電話市場に吹き始めたソニーの風』という記事です。

http://thelightoflondon.txt-nifty.com/home/SonyEricsson_001.jpg

この時は、『週刊東洋経済』の編集部から、「ソニー特集を組むので、ヨーロッパで何か書いて欲しい」という依頼がありました。記事の中にも出てくるように、『P900』などの製品のデザインが良くなってきたこともあり、ソニーエリクソンについて書きたいと提案しました。

雑誌の仕事の場合、特に、巻頭特集の場合は、あらかじめ原稿の締め切りが決まっているため、そこから逆算して、何日までにインタビューを行わなければならないかが決まってきます。ビジネス誌の場合は、広報に取材したい人のリストを示してアレンジしてもらうのが通常です。この時も、担当副編集長から、ソニー本社の広報を通じて、井原社長へのインタビューをアレンジしてもらうことにしました。

しかし、しばらくして担当副編集長から来たメールには、「どうもソニーとしては、ソニーエリクソンには、あまり触れて欲しくないみたい」と書かれていました。そして、社長のインタビューは無しで、簡単なレポートを書くということになりました。しかし、私としては、ちょうどテイク・オフしかかっていたソニーエリクソンを、きちんと書いておきたいという気持ちが強かったので、なんとかインタビューをアレンジしてもらおうと、ソニーエリクソンのイギリスの広報担当者に依頼のメールを何度も書きましたが、さっぱり返事がもらえませんでした。

どうようかと悩んでいたら、突然12月10日にソニーエリクソン主催のプレス向けクリスマス・パーティーがあり、そこに井原社長も出席するという案内がきました。そして、そのクリスマスパーティーの場で、井原社長に直談判して、インタビューを快諾していただき、それをもとに書いたのが上の記事です。

私は、このパーティーには、日本の他のメディアの人も来ているかと思ったのですが、日本人は私しかおらず、しだいに談笑の輪からも離れてポツネンと席に座っていたところに、話しかけてくださったのが、アルド・リグオリ氏でした。リグオリ氏は、この時は、ドイツのソニー・ヨーロッパ所属だったのですが、たまたまロンドンに来ていたので、このパーティーに参加したそうです。そして、私にとって、「たまさかの僥倖」となったのは、このリグオリ氏は、この後にソニーエリクソンの広報部長に就任されたことです。(下の写真の向かって左の方がアルド・リグオリ広報部長)

London_133

この時の縁がなかったら、その後の取材の便宜も図ってもらえなかっただろうと思います。そして、リグオリ氏は、すでに社員数が7000人を超えるグローバル企業の広報部長でありながらも、いまだに「Hi Ando-san」とメールを直接書いてきてくださることに、大変感謝しております、この場をお借りしてお礼を申し上げたく存じます。

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2007.01.23

ソニーエリクソンの挑戦(8)~遊び心

London_115この頃から、少し余裕が出てきたのか、2003年9月上旬に開かれた新製品の発表会では、ユニークな商品も紹介されました。それは、Bluetooth機能を搭載した携帯電話で操縦するリモコンカーの『CAR-100』です。携帯電話のバッテリーを使って充電し、半径10m以内での操縦が可能です。

http://k-tai.ascii24.com/k-tai/news/2003/09/11/645886-001.html?

London_114_1『CAR-100』は、ソニーエリクソンのコーポレート・カラーである緑色と白を基調にしたカラーリングで、ソニー・エリクソンのロゴもあしらわれています。ボーダフォンなどのキャリアから依頼があれば、各企業にあわせたカラーリングの商品を発売する計画もあったそうですが、実現にはいたらなかったみたいです。

これを見たときは、面白いなぁ、ソニーらしい遊び心だ、と思ったものです。このほかにも、携帯電話『Z600』の専用ゲームコントローラー『EGB-10』というのもありました。

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ソニーエリクソンの挑戦(7)~北米事業からの撤退

ソニーエリクソンにとって、2003年は転機の年でしたが、それは端末のヒットだけによって、もたらされたものではありませんでした。

London_1132003年6月24日に、米国のCDMAビジネスからの撤退とドイツのミュンヘンにあるGSM向け開発拠点の閉鎖を行いました。この2つのリストラ費用は7000万ユーロにのぼり、このうち5800万ユーロを2003年第2四半期(4-6月期)に計上しました。このリストラによる経費削減効果は、2004年から1億2000万ユーロに上り、この効果は2003年下半期(7-12月)から現れています。

携帯電話の世界は、ヨーロッパが主導するGSMと、アメリカのCDMAがあり、ソニーエリクソンは、いわゆる「選択と集中」により、アメリカにおけるCDMA事業から撤退しました(日本におけるCDMA事業は継続しています)。

この時点の判断がどうだったかと言えば、GSMとCDMAの競争では、GSMの方が優位に立っていたこと、また、アメリカでもGSMの携帯電話が使えるようになってきたこともあり、企業の規模などから判断すると、正しい決断だったと言えます。

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コンビニおでん論争に一言

コンビニのレジの脇に置かれている「おでん」の鍋に蓋がされていないことについて、衛生上問題が無いのか、という議論がおきているようですが・・・。

http://www.j-cast.com/2007/01/20005015.html

コンビニ側の狙いは、蓋をしないことで、おでんのにおいを漂わせて、お客さんに買ってもらおう、ということらしいのですが・・・。私は、衛生的かどうかよりも、とにかく、あのコンビニおでんのニオイが嫌いで、ですから、日本に一時帰国した時でも、おでんを売っているセブン・イレブンには行かないようにしています。

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2007.01.22

ソニーエリクソンの挑戦(6)~2003年頃の欧州における日本メーカー

2003年春頃は、ヨーロッパおいて、日本の携帯電話メーカーが、その存在感を増してきた時期です。2002年11月から、英ボーダフォンが『ボーダフォン・ライブ!』という携帯電話によるインターネット接続サービスを始める際に、日本の携帯電話メーカーに機種の提供を依頼しました。

それについて、『週刊東洋経済』2003年3月22日号に『ボーダフォンは「日の丸」頼み』というタイトルの記事を書きました。下記のURLを参照してください。内容は一部カットしてあります。また、文中の『ライブ!』とあるのは、『ボーダフォン・ライブ!』のことです。

http://thelightoflondon.txt-nifty.com/home/SonyEricsson_002.jpg
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/home/SonyEricsson_003.jpg

この当時は、記事にあるように、特にイギリスではパナソニックが大々的に広告を打ち、優れた機能や、クラムシェル(ハマグリ)という折り畳み式のスタイルの機種が注目を集めていました。実際の、この時期には、ノキアは折り畳み式の携帯電話を生産しておらず、日本メーカーに大きくシェアを取られるのではないかと、日本メーカーは「脅威」として感じられていました。

しかし、この時期同じように『ボーダフォン・ライブ!』に携帯電話を提供したシャープは、ボーダフォンとの関係が深く、現在でもハイエンドからローエンドまで、さまざまな携帯電話を供給していますが、パナソニックは、すでにGSM携帯電話からは撤退しています。

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ソニーエリクソンの挑戦(5)~運命の日(資料編)

2003年3月4の記者発表では、新製品のほかに、各製品のラインナップを、ソニーエリクソンとして、どう位置づけるかについての発表もありました。

下のスライドにあるように、同社では4つのキー・ターゲット・マーケットを設定しています。各カテゴリーと、そこでユーザーが求めるものは

London_111<1>プロフェッショナル・パイオニア---技術
<2>セレクティブ・パイオニア---確かな品質
<3>ファン・ラビング・ユース---ファン(面白いこと)とクール(かっこいい)外観
<4>プラクティカル・ホーナース---家庭の需要

そして、<4>のプラクティカル・ホーナースは、『T100』実用性重視の通話主体の製品、<3>のファン・ラビング・ユースは『T310』やau向けの『A1301S』などのゲームやスタイル性を好む若い人たち向けの製品、<2>のセレクティブ・パイオニア-は『T610』などの中級機、<1>のプロフェッショナル・パイオニアは、『P800』というスマートフォンや『Z1010』という3G(W-CDMA)の高機能モデル、となります。

この4つのカテゴリーというのは、GSMのマーケットで、ある程度のシェアを獲得する上で必要なラインナップと言えます。ひるがえって、日本の携帯電話メーカーは、<1>と<2>のハイエンドや中級機種ばかり作っていて、<3>や<4>などの、マス・マーケット向けのボリューム・ゾーンの製品が、ほとんど無いと言えます。これでは、日本国内は、ともかくとしても、海外で販売のルートを広げることは難しいのではないかと思います。

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2007.01.20

ソニーエリクソンの挑戦(4)~運命の日(おまけ)

企業を取材させていただいている者として、あまり、こういうことは書くべきではないなぁ、と思いつつも、当時の様子を再現するために、あえて書いてみます。前回のエントリーで、2003年3月4日は、ソニーエリクソンの運命の日と書きましたが、この頃の同社の広報体制というのは、あまりしっかりしたものではありませんでした。

たとえば、この日の発表会で配布されたニュース・リリース。たいていの記者は、リリースを受け取ったらぱらぱらとめくって、必要なことが書いてあるかを確認をするものです。この時は私は『T610』のリリースに、連続待ち受け時間、連続通話時間、サイズ、重さなどが書いてあるのを確認して、安心してしまったのですが、もう一機種の『T310』については、これらの情報が記載されていませんでした。そのため、後から、わざわざ問い合わせをすることになってしまいました。要するにリリースに盛り込む情報に関するフォーマットが、定まっていないようなのです。この点に関しては、ノキアは昔からしっかりしていたと思います(ノキア・ジャパンのOさん、いろいろお世話になりました)。

このことがあってから、特にソニーエリクソンのニュース・リリースは、すべてに丹念に目を通すようになりました。

London_110 また、新製品などの画像データがCD-ROMで配布されたのですが、左のキャプチャー画面を見てもらうとわかるように、JEPEG、EPS、Microsoft Office Document Imaging Fileの3種類が、フォルダーに小分けもされずに混在しているという有様。ファイルサイズも数百KB、数千KB、数十MBとまちまち。普通は、一つの画像につき、ファイルサイズの大中小を揃えておくものだと思うのですが・・・。

しかもファイル名の付け方も統一されてなく、どういうわけか『T310』や『T610』が3台ならんでいるデータだけが他のファイルと異なり『3x T310』、『3x T610』となっていたり。さらに、一番下の『T300 Logo』、『T300 Tony Hawk』は、もちろん『T310』の誤植で、紙のおわびがCD-ROMにつけられていました。

正直なところ、「大丈夫か、この会社」と思ったのは事実です。もちろん、最近は、とてもしっかりしていますが。

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2007.01.19

ソニーエリクソンの挑戦(3)~運命の日

「運命の日」というと、ちょっと大げさかもしれませんが、しかし、2003年3月4日は、ソニーエリクソンの、その後の運命が決まった日と言えます。

London_108_1この日の朝、イギリスの経済紙『フィナンシャル・タイムズ』(FT)に左のような記事が掲載されました。この日は、新製品の発表会が予定されていたのですが、わざわざ、その日の朝の紙面に、"Execution is key for Sony Ericsson"(実行が、ソニーエリクソンのカギ)というタイトルの下に、井原勝美社長の、もの悲しげに遠くを見やる写真が配置されています。

「2002年のソニーエリクソンのマーケット・シェアは、7-10%の目標を掲げていたにも関わらず、6%にも達していない」という状況で、井原社長は、「業績低迷の3つの要因として、ソニーとエリクソンからなるチームの統合の問題、中国でのシェア低下、米国での激しい競争」をあげています。

London_109_1ところが、この日に発表された携帯電話『T610』が、月産100万台を超えるヒット商品となって、ソニーエリクソンの業績は、底を打ち、回復へと向かうのです。携帯電話業界の関係者は、口を揃えて「2003年がソニーエリクソンの転機の年だった」と言います。

しかし、当時の日本人の感覚からすると、そんなに先進的な機種ではないのですが、当時のヨーロッパでは、スマートで使いやすいカメラ付き携帯電話として評価されたようです。

http://k-tai.ascii24.com/k-tai/news/2003/03/05/642272-000.html

その後、この『T610』に似たスタイルの携帯電話は、一つのラインナップを形成し、『サイバーショット携帯』へと、つながっていきます。

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ソニーエリクソンの挑戦(2)~井原勝美初代社長が部下に薦めた本

求む男子。
至難の旅。
僅かな報酬。
極寒。
暗黒の長い日々。
絶えざる危険。
生還の保証なし。
成功の暁には名誉と賞賛を得る。

これは、イギリスの探検家アーネスト・シャクルトンが、1914年から1915年にかけて、エンデュアランス号という船を使った南極探検の参加者を求めるために、ロンドンの新聞に掲載した広告と言われているものです。上の引用は、アルフレッド・ランシングというジャーナリストが書いた『エンデュアランス号漂流』(新潮文庫)の後書きで紹介されていたものです。

いまでこそ、ソニーエリクソンは絶好調ですが、2001年10月にソニーとスウェーデンのエリクソンが50%ずつ出資して設立した時点では、ジリ貧の2社による明らかな弱者連合であって、井原勝美氏にとっても、その会社の社長になるというのは、(「僅かな報酬」ではないと思いますが)本当に上の広告のような気分だったと思います。しかし、聞くところによると、井原氏は、酒の席で部下にシャクルトンの本を薦めながら、「君たちも、こういう厳しい経験をしておくと、いろいろ勉強になるよ、ガッハッハ」と陽気に過ごしていたそうです。現在、井原氏は、ソニーエリクソンを立て直した功績から、2004年にソニーに復帰し、現在は、ソニー副社長として家電事業などを担当されています。

ところで、冒頭に紹介した広告の原文なんですが、

MEN WANTED FOR HAZARDOUS JOURNEY.
SMALL WAGES, BITTER COLD, LONG MONTHS OF COMPLETE DARKNESS,
CONSTANT DANGER, SAFE RETURN DOUBTFUL. HONOR AND
RECOGNITION IN CASE OF SUCCESS.

で、これが実際に、いつどの新聞に掲載されたか、というのは実は謎でして
http://www.antarctic-circle.org/advert.htm
上記のサイトによると、どうも1948年にジュリアン・ワトキンス著『The 100 Greatest Advertisements』において、初めて創作されたもののようで、要するに、こんな広告は実在しなかったのですが、あまりにも雰囲気にマッチしていたことから、これが元ネタとなって日本を含め世界に流布してしまっているようです。

このエンデュアランス号の探検記は、上記の『エンデュアランス号漂流』(新潮文庫)のほかに、シャクルトン自身による記録『エンデュアランス号 奇跡の生還』(ソニー・マガジンズ刊)も面白く読めます。シャクルトンについては、困難な状況に立ち向かうためのリーダー論として、経営者向けの本も何冊か出版されています。

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ソニーエリクソンの挑戦(1)~前口上

London_112以前から、ソニーエリクソンについて、長いものを書いてみたい、と思い、継続的に取材をしてきました。ソニーエリクソンの、全面協力は得られませんでしたが、それでも記者会見やイベントの際のインタビューでは、かなりの便宜を図っていただきました。

初めは本を書きたいと思ったのですが、本にするには取材が足りていないところもあるし、かといって、サムスンを追い上げているソニーエリクソンについて、いま書いておかないと、という気持ちもあります。そこで、このブログをお借りして、通常のブログのエントリーも交えながら、ここで2月中旬にバルセロナで開かれる予定の3GSMワールド・コングレスに向けてソニーエリクソンについて不定期ながら連載していきたいと思います。

といってもブログなので、コラムのようなかたちで、いろいろなエピソードを紹介していくかたちとなります。また、私にとっては、「下書き」のような部分もあって、間違いを犯したり、後で書き直したりするケースもでてくるかもしれません。また、同じような話を何度も何度も繰り返すようなことになってしまうかもしれませんが、気にせずに、おつきあいいただけますと幸いです。

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2007.01.18

絶好調のソニーエリクソン

英ソニーエリクソンが、17日に2006年12月期の決算を発表しました。販売台数が、2005年と比べて46%増の7480万台、売上高が51%増の109億5900ユーロ(1兆7000億円)と絶好調です。純利益も2.8倍に増加。

http://www.sonyericsson.com/spg.jsp?cc=global&lc=en&ver=4001&template=pc3_1_1&zone=pc&lm=pc3&prid=7012

ウォークマン携帯電話の販売好調に加えて、欧州のほか、中南米、アジア太平洋で販売が伸びました。

あらためて言うまでもなく、工業製品というのは、同じものをたくさん作った方が、規模の経済(economies of scale)が働いてコストも下がるし、生産技術も向上するし、流通・販売のノウハウも蓄積されるし、というわけで、英ソニーエリクソンは、グローバルに展開できる携帯電話メーカーの強みをふるに活かしている、と言えます。

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ロンドン-香港間が片道3万8000円(税込み)だってさ

London_107イギリスの新聞を見ていたら、香港までの航空運賃が片道・税込みで160ポンド(3万8000円)という広告が出ていました。往復だと、さらに安く302ポンド(7万1700円)となります。OASIS HONGKONGという格安航空会社で、オンライン予約できます。

http://www.oasishongkong.com/gb/en/home.aspx

1月12日から22日の間に、1月15日から3月31日までの便を予約すると、片道160ポンド、正確には運賃が99ポンド、税/サーチャージが60.22ポンドの159.22ポンドの席を予約することができます(席は、すぐ埋まってしまいますが)。これは、下手をすると欧州域内便よりも安くなります。

出発する空港は、ヒースロー空港ではなく、ロンドン南部のガトウック空港となります。空港や航空会社の競争が激しくなればなるほど、価格競争は激しくなります。

また、格安航空会社というと、ヨーロッパでは、欧州域内便が中心だったのですが、短距離便の格安価格が一般化してくると、それにつれて長距離便の価格も、低下してくる、ということです。うかうかしていると、日本の航空会社も大変なことになりそうですね。

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やっぱりレゴ『マインドストーム』でしょう

先週、デジタルを活用した教育の展示会BETTが開催されたので、ちょっと覗いてきました。3年連続してみているのですが、明らかに年々、出展者数や来場者数が増えています。この分野は、成長株ということなんでしょう。アップル、マイクロソフト、デルなどもブースを構えていました。

London_106_2 しかし、なんといっても見て楽しい、遊んで楽しいのは、レゴ『マインドストーム』。エデュケーション・ベース・セットが1組、10%引きの特別価格225ポンド(5万3500円)でした。

また、オリガミことUltraMobilePCを教育現場に活用しよう、という趣旨でサムスンの『Q1』が、ソフトウェア・パッケージ込みで、価格580ポンド(13万8000円)で提供されていました。 ちょっ高いですかね・・・。

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2007.01.11

後世の歴史家は『2007年はスマートフォンの年』と記録するのでしょう

2007年の予測として、「2007年はスマートフォンの年になる」というエントリーを投稿しました。これはヨーロッパのIT企業トップのコメントを集めたものです。

http://blogs.itmedia.co.jp/london/2007/01/2007_6213.html

そして、米アップルのiPhone発表と社名変更の2つのニュースを見ると、

3.5インチタッチパネル搭載の「iPhone」、6月に発売
http://plusd.itmedia.co.jp/mobile/articles/0701/10/news009.html

Apple Computerが社名を変更
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0701/10/news034.html

おそらく後世の歴史家によって、『2007年はスマートフォンの年』と記録されることになるのでしょう。少なくとも、ヨーロッパとアメリカのトレンドは、こうです。では日本は?

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2007.01.06

デンマークでプリペイドのSIMカードを買うと・・・

とても簡単に買えます。身分証の提示や住所の確認も無し。
「SIMカードくださいな」
「どれがいい?」
「ここは、デンマークだからTDCモバイル!」
「はい、100クローネ」

そう、デンマークは、EU加盟国でありながらも、ユーロに参加していないため、通貨はデンマーク・クローネなんです。1デンマーク・クローネは、約20円。つまりプリペイドのSIMカードは2000円で買えます。プリペイド式の通話料金は1分につき2.6クローネ(52円)です。ちなみに月極契約の場合は、1分につき0.85クローネ(17円)とかなり安いようです。

SIMカードが簡単に買えたうえ、特別な設定をしなくても、TDCモバイルのウェブ・サービスも利用できるのですが、ちょっとした落とし穴があります。それは、携帯電話を起動させた時に、4桁のPINコード(暗証番号)を入力しなければならないこと。もちろんSIMカードのパッケージに記載されていて、覚える努力はしたのですが、外出先で、ど忘れしてしまうんですよ、これが。PINコードを3回誤入力すると、PINコード自体がブロックされてしまいます・・・。この場合は、パッケージに記載されているPUK(Personal Unlock Key)コードを入力して、PINコードを再設定しなければならいので、迷わず「0000」に設定しておきましょう(オランダでは初めから0000に設定されていました)。

London_105ところで左の写真は、TDCモバイルのボータル・サイトの画面。全然やる気が感じられません。TDCモバイルのショップも、携帯電話だけでなく、パソコンや、その他の電子機器を併売しているところばかりです。デンマークでは、TDCモバイル以外のキャリアは、"3"とテリアの2社だけです。

なんで、こんなにやる気が無いのかな、と考えると、デンマークって、携帯電話の技術や製品に関しては、隣国スウェーデン、フィンランドに負けているし、携帯電話キャリアとしてグローバル展開する野心を持ちたくても、英独仏の大手には勝ち目がないし、という状況に置かれています。携帯電話で頑張っても、どうせ外国の企業に利益を持っていかれるだけだし、だったら通話料金を安くしときましょう、という感じですね。

自国の技術や製品を国外に広めていく、あるいは、携帯キャリアとしてグローバルに展開する。この2つのうちの、どちらもなしえないのならば、通話料金を下げて、消費者の利便性を向上させるしかないのです。携帯電話産業における、まっとうな産業政策とは、そういうもののはずです。

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2007.01.05

2007年はスマートフォンの年になる

London_1042006年秋から冬にかけてのヨーロッパの携帯電話関連企業のトップの発言を集めました。まず、ノキアのテロ・オヤンペラ上級副社長兼CTOは、11月下旬の講演で、2007年には、出荷台数で、スマートフォンやPDAなどのConverged Devices with Open OSが、ノート・パソコン(Laptops)を上回るという予測を示しています。

また、同じくノキアのオリペッカ・カラスブオ社長兼CEOも、「生まれて初めて電話をかけるという体験が、固定電話機からではなく、携帯電話機からという人は、すでに5億人を超えている。同じように初めてインターネットにアクセスするのが、パソコンからではなく携帯電話機から、という人も急速に増えつつある」と発言しています。

さらに、英シンビアンCEOのナイジェル・クリフォード氏は、パソコンも固定電話回線網もインターネットも普及していない地域では、固定回線網が普及するよりも早く、携帯電話によるインターネットへの接続が普及する、と予測しています。

そして、英ボーダフォンも11月に新戦略を発表しました。
http://blogs.itmedia.co.jp/london/2006/11/yahoo_ebd9.html

この戦略には、2つの柱があって、<1>今後はWindows Mobile、Symbian S60、Linuxの3つのプラットフォームのみを採用する、<2>携帯電話とパソコン向けの統合サービスを確立する、というものです。かみ砕いて言うと、英ボーダフォンとしては、「パソコン+固定回線によるブーロドバンド」は無くならないものの、そのうちのコミュニケーションにかかわる部分、つまり音声通話、電子メール、チャット、ウェブへのアクセスなどは、スマートフォンや高機能携帯電話が引き受けますよ、と言っているわけです。

もちろん、これらの発言は、携帯電話業界の側の発言なので、多少は割り引いて考える必要がありますが、それほど過大な見通しでは無いと思います。

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