2011.03.18

「首都機能移転」論議の終焉――日本のポストモダン Scene4

3月11日に発生した東北・関東大震災の被災者の方々に哀悼の意を表するとともに、震災の復興や福島原発の事故に対処されている方々の努力に敬意を表します。

今回の大震災により、やはり東京一極集中は間違いではなかったか、やはり、遷都、すくなくとも、首都機能の一部移転が推進されるべきではなかったか、と誰しも思うことでしょう。

そういえば、小泉時代にも首都機能移転に関する提案があったように思いますが、あれはどうなったのでしょうか。

「首都機能移転」幕引きへ=組織改正で担当課廃止-国交省
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201102/2011021900062
《国土交通省は今夏に行う組織改正で、首都機能移転問題の担当課を廃止する方針だ。1990年代には「栃木・福島」や「岐阜・愛知」に移転候補地が決まるなど盛り上がりを見せた首都機能移転論だが、その後の経済情勢の変化などを受け、国の議論は停滞。関連予算も年々縮小し、幕引きを迎えようとしている。》

そもそも首都機能の移転論議が起こったのは、1980年代のバブル経済の発生とともに、東京への一極集中が問題視されたためです。

1990年には国会で「国会等の移転に関する決議」が決議され、1999年には、候補地も選定されました。それは、北東地域の「栃木・福島地域」、東海地域の「岐阜・愛知地域」、そして、移転先候補地となる可能性がある地域として「三重・畿央地域」の三つでした。しかし、結局、候補地も絞りこまれないままに、首都機能移転論議は終焉し、道州制へと方針が転換されました。

改めて大震災、そしてそれに付随する事象としての電力不足を考えると、首都機能は移転、少なくとも分散すべきであることは言うまでもないと思います。しかし、先にあげた候補地の一つである「栃木・福島地域」は、大震災、原発事故の被災地でもあり、もしこの地域に遷都していたら、被害はいっそうひどくなっていた可能性もあったと思います。

私は、個人的には遷都でも、道州制でもなく、東日本と西日本の連邦制のようなものがいいんじゃないかと思っています。東日本政府と西日本政府がそれぞれ一つずつ議会と政府を持ち、総理大臣、防衛大臣、外務大臣は、両議員が互選して連邦政府を構成する、というイメージです。国境は、電気の周波数の50Hzと60Hzの境界線でよいでしょう。

要するに西と東に人口4-6000万人規模の国をつくり、それぞれの政府が実情にあった政策をやって、調子のいい方の国の議会から、連邦総理大臣を選ぶという国家間競争をやる、というわけです。

このアイデア、どうでしょうか?

◆日本のポストモダン #4
「首都機能移転」論議の終焉
移行期間:1990年11月-2011年


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