2012.05.27

▽再起動せよと雑誌はいう

仲俣暁生『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神Lマガジン)

フリー編集者であり、「本と出版の未来」を考えるためウェブサイト『マガジン航』( http://www.dotbook.jp/magazine-k/ )の編集人でもある著者が、2009年から2011年にかけて雑誌について考察した連載をまとめたもの。

本書は2011年11月に出版されたが、とりあげられた雑誌の趨勢もうつりかわっており、雑誌界の浮き沈みの激しさを物語っている。

ちょっと自家撞着ぎみながら面白いなと感じたのは、25ページにある『「本の特集」は危険サイン?』というコラム。

《あくまで個人的な見解だが、イマイチ元気がない雑誌が「本の特集」をやったら、危険サインだと思うようにしている。》(p.25)

著者の経験によると、「これらの特集をしたあとで雑誌が休刊してしまうことが多い」のだそうである。

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2012.05.22

▽裸はいつから恥ずかしくなったか――日本人の羞恥心

中野明『裸はいつから恥ずかしくなったか―日本人の羞恥心』(新潮選書)

♪シューチシーン、シューチシーン……

というわけで、本書のテーマは、日本人の裸に対する羞恥心がいつ生まれたのか?

幕末期の日本を訪れた西洋人は、日本人の趣致心のなさに驚き、多くの記録を残しています。

当時の公衆浴場は混浴が当たり前、男女ともに裸のまま湯屋から帰ってくる、屋外で行水する人も多かったそうです。

「日本人には羞恥心はない」と。

こうした西洋人からの批判に耐えられず、明治政府は、混浴の禁止や路上での裸体の禁止などを打ち出していきます。明治二年には混浴禁止令が出されたそうですから、明治政府は、西洋人からの批判をかなり気にしていたと見ることができます。

そして、裸が禁止されるにつれて、その副作用として、裸に対する羞恥心が生まれてくるのですが、しかし文化的な習慣はなかなかかえられるものではなく、それはだいぶ時間がたってからのことのようです。

たとえば女性が下着のパンツ(ズロース)を履くように奨励されるようになったのは、大正12年(1923年)に発生した関東大震災の際に、和服の女性が逃げる時に不便な上、恥ずかしい格好をしなければならなかったことから、洋装化が求められたことがきっかけだそうです。

この後も、有名な白木屋事件などもあったのですが、実際に下着を着用する洋装が定着したのは昭和十年代に入ってからだったそうです。

[目次]
序章 下田公衆浴場
第1章 この国に羞恥心はないのか!?―ペリー一行らが見た混浴ニッポン
第2章 混浴は日本全国で行われていたのか―幕末維新の入浴事情
第3章 日本人にとってのはだか―現代とは異なるはだかへの接し方
第4章 弾圧されるはだか―西洋文明の複眼による裸体観の変容
第5章 複雑化する裸体観―隠すべき裸体と隠さなくてもよい裸体
第6章 五重に隠されるはだか―隠され続ける先にあるもの
終章 裸体隠蔽の限界

[参考]▽『逝きし世の面影』――外国人が見た幕末のニッポン
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2012/01/post-e17d.html

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2012.05.15

▽『報道の脳死』

烏賀陽弘道『報道の脳死』(新潮新書)

元朝日新聞記者で、現在はフリージャーナリストの著者が、日本のジャーナリズムの行く末を考察する。

1990年代から続いている大手メディアの「脳死状態」は、インターネットの普及と、3.11後の硬直した報道によって、一般の読者にも明らかになりつつあるようだ。

特に、「コンテンツ」(中身)、「コンテナ」(入れ物)、「コンベア」(流通)の三つのCを独占していた既存メディアは、インターネットによって、「コンテナ」と「コンベア」を独占できなくなった。その結果、コンテンツのすばらしさで見られていたわけではないことがバレてしまった。

今後は既存メディアとインターネット・メディアの共存時代が続くと思われるが、だからといってインターネット・メディアの未来が明るいものとは限らない。

インターネット・メディアには、既存メディアが担ってきた新人記者の育成機能もないし、安定した経営を維持するために有効なマネタイズの手法もみつかっていない、という。

[目次]
はじめに

第1章 新聞の記事はなぜ陳腐なのか
 パクリ記事の連発
 粗悪記事のタイプ別分類
 悪気がないゆえの罪
 セレモニー記事とは何か
 悲劇よりも「イベント」を報道
 不自然さが漂う放射線量測定の様子
 事態の深刻さが伝わらない
 松本龍暴言事件
 パチカメ取材とは何か
 カレンダー記事の安易さ
 「えくぼ記事」の罠
 記者は賤業である
 観光客記事の空虚
 多様性の欠如
 平時の発想から変われない
 記者の配置問題
 膨大な記者による通り一遍の報道

第2章 「断片化」が脳死状態を生んだ
 疑問を持つ能力
 「ニュースピーク」を広めるばかり
 「計画停電」というごまかし
 計画的避難区域のごまかし
 死の灰が消えた?
 分析の欠如
 組織の断片化=記事の断片化
 専門記者はどこに消えた
 封じられた専門性
 断片化は防止できるか
 セクショナリズムの構造
 夕刊は廃止せよ

第3章 記者会見は誰のためのものか
 記者クラブは問題の根源ではない
 記者会見開放の意味
 開放は当たり前
 議論のすれ違い
 希少性の利得
 三つのCという特権
 記者クラブの本当の問題
 世間とのずれ
 記者の定義が変わった

第4章 これからの報道の話をしよう
 アメリカのメディアはどうなっているか
 「ポスト記者クラブ」の報道を考える
 メディアはどこに立っているか

第5章 蘇生の可能性とは
 ベテラン記者は疑う
 新聞の黄金時代とは
 ポスト3.11の報道を考える
 ジャーナリズムは常に必要である
 初等ジョブスキルの必要性
 社員教育の限界
 マネタイズ機能の問題
 理想は外部教育
 「投げ銭」の可能性

あとがき

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2012.05.14

▽『音楽の正体』

渡邊健一『音楽の正体』(ヤマハミュージックメディア)

本書は、フジテレビが1993年10月から1994年3月まで放送していた『音楽の正体』という番組をまとめたものです。

『音楽の正体』とは、すぐれた楽曲のもつ構造を、みんながよく知ってる曲をつかって解説してしまおう、という試みの番組でした。

番組も面白かったのですが、本書もとてもよくまとまっていて、あまり音楽の知識の無い人でも楽しめます。

[目次]
はじめに
第1章 レット・イット・ビーは終わらない 変終止のつくるクサレ縁
第2章 ブルースも終わらない 禁則進行へのレジスタンス
第3章 ユーミンのおこした革命(1) 導音省略のドミナント
第4章 ユーミンのおこした革命(2) 保続音のエクスタシー
第5章 加山雄三に学ぶ感動の黄金律 旋律の頂点とは何か
第6章 風と共に去りぬの秘密 跳躍的旋律のインパクト
第7章 モンキーズの見た白日夢―デイドリーム・ビリーバー ドッペルドミナントの魔法 
第8章 赤いスイートピーはどこへ行ったのか 副5度によるシーン展開
第9章 津軽海峡イオン景色 音楽の「泣き」とは何か
第10章 クラプトンのギターが優しく泣く間に 非和声音の麻薬的常用
第11章 坂本九・オサリバン・ミスチルの旅したパラレルワールド 胸キュン準固有和音の構造学
第12章 シカゴのブラス音が雑踏に消える時 音画的手法とは何か
第13章 フランス革命なんて勝手にシンドバッド 絶対音楽とは何か
第14章 結婚しようよは最後に言って 黄金のカデンツ
第15章 プリンセスプリンセスの見つけたダイアモンド 転回形と半音階的進行
第16章 竹内まりやの「告白」に鼓動を聞く 内声と外声
第17章 パリの空の下、シャンソンは流れる 複合拍子の構造学
第18章 坂本龍一の中の寅さん 日本音楽の彷徨
第19章 ヘップバーンとユーミン 楽曲形式論
第20章 なぜ年の瀬には第九が聴きたくなるのか 変奏曲形式とジャズ 
終章 セーラー服でたどる音楽史 平均律という遺伝子
索引
あとがき

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2012.05.10

▽『いのちの代償』――山岳史上最大級の遭難事故の全貌

川嶋康男『いのちの代償』(ポプラ文庫)

1962年12月、北海道学芸大学函館分校山岳部のパーティー11名は、冬山合宿に入った大雪山で遭難した。

部員10名全員死亡。生還したのはリーダーだけだった。かたくなに沈黙を通すリーダーに非難が浴びせられた。

本書は、45年の沈黙を破ったリーダーが語る、遭難事故の経緯と、生還後のリーダーの半生を、綴った壮絶な記録である。

[参考]
▽『トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか』
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2011/11/post-63b0.html
▽雪崩遭難
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2012/02/post-9a42.html
▽最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/main/2011/07/post-f09e.html

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2012.05.09

▽内定とれない東大生

東大就職研究所『内定とれない東大生 「新」学歴社会の就活ぶっちゃけ話』(扶桑社新書)

本書は、就活で2勝58敗という惨憺たる結果の後に、出版社に就職した東大卒の女性編集者と、4人の就活勝ち組の東大生によって結成された「東大就職研究所」なるチームが、東大生の就活の実態を東大生に聞き取り調査したものである。

就活を終えた東大生を、「ない内定」、「内定長者」、「日系企業離れ」、「東大女子」の四つの角度から分析している。

特に、興味を引くのは、就活に満足している「満足組」と、結果に満足していない「不満組」の比較をしたところ。会社選びに際して、「不満組」が「満足組」と比べてより重視している点として、「知名度」と「給料」があげられている。

《就活に失敗している学生ほど、会社の名前や給料などの表面的なものを求めていると言えるのではないか。》(p.83)

また、「不満組」は「満足組」に比べてエントリー数が多いという。「就活不満組はミーハーで給料重視」という、割と当たり前な結論が出されている。

また、優秀な東大生ほど「日系企業離れ」が進んでいるようで、いろいろと示唆に富む内容になっている。

[目次]
はじめに 「就活戦線2勝58敗」東大卒の女性担当編集者(26歳)より
第1章 東大最強「新」学歴社会の真実
第2章 東大卒「ない内定」その理由
第3章 大手人気企業「内定長者」の素顔
第4章 東大トップ層「日系企業離れ」の本音
第5章 最強「東大女子」の時代はまだか
終章 提言「就活」を再定義する
おわりに 再び「就活戦線2勝58敗」東大卒の女性担当編集者(26歳)より

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2012.05.08

▽年収100万円の豊かな節約生活術

山崎寿人『年収100万円の豊かな節約生活術』(文藝春秋)

年間百万円ほどの不労所得(賃貸マンションからの収入)を得ていた著者が、住居費や社会保険料などの固定費を除いた変動費を月平均3万円以内に抑える、という生活を続けたことから得られた情報を綴ったもの。

家計簿や料理のレシピ、そして、二十年にわたるプータロー生活によって到達した「哲学」が綴られている。月3万円でも、けっこう贅沢な暮らしができることにも驚かされる。

著者のユーモラスな語り口とあいまって、とても面白い読み物になっているし、生きていく上での新しい視点も提供してくれるユニークな良書。

[目次]
「失礼ながらどうやって暮らしておられるのですか?」
プータローは毎日何をしているのか?
豊かに節約することができるのか?
僕の五十一年間を振り返ると
我が家はいつも千客万来!
ネットでどれだけ稼ぐことができるのか?
天職はプータロー

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2012.05.07

▽財務省支配の裏側

中野雅至『財務省支配の裏側 政官20年戦争と消費増税』(朝日新書)

日本の政治は財務省によって支配されている――。

こうした通説の真偽について、元厚労省官僚の著者は、次のように結論づける。

《つまり、財務省は当初、自分だけ民主党政権の中で生き残りに成功する一方で、時間とともに霞が関全体の復活にも手を貸すようになり、やがては民主党政権そのものを支配するようになったということだ。》(p.82)

著者自体の体験談や、他の著者が書いた政治家と官僚の関係にまつわる資料をひきながら、1980年代以降の政治状況を概観した興味深い論考である。

[目次]
第1章 財務省支配論の今昔
第2章 自民党末期の政官関係
第3章 民主党政権でなぜ財務省は復活できたのか?
第4章 野田政権下で進む財務省支配の実態
第5章 「主導」から「支配」、そして「亡国の財務省」の時代へ
第6章 政官共倒れの後にくる政治カオスと国家破産

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2012.05.06

▽ロボットの天才

高橋智隆『ロボットの天才』(メディアファクトリー)

ロボット・クリエイターとして知られる著者の半世紀のようなもの。出版は、2006年で、ポルトガルで開かれたロボ・カップ世界大会(Team OSAKAとして出場)と、その後のロボット・ブームのあたりまで書かれている。

ロボカップ世界大会がポルトガルで開催
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/news/2004/07/post-f0c1.html
面白いのは著者の経歴。

エスカレーター式に立命館大学に進学し、釣り具メーカーへの就職を望んだものの、第一志望の会社には振られてしまう。

そこで、一年間予備校に通って、京都大学工学部に進学。そこで、ロボットの二足歩行に関する特許をとって、おもちゃメーカーに売り込んだり、ベンチャー・コンテンスとに応募したり。

そうこうするうち、起業することを決意して、「京大インキュベーション」の第一号に認定される。その後の、活躍ぶりは、メディアなどでもよく知られている。

ユニークなロボットは、ユニークな生き方から生まれるのかもしれない。

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2012.05.05

▽歪んだ正義――特捜検察の語られざる真相

宮本雅史『歪んだ正義―特捜検察の語られざる真相』(角川文庫)

著者は、産経新聞でながらく司法担当記者をしていた。1993年には、ゼネコン汚職のスクープで新聞協会賞を受賞するほどの敏腕記者だった。

しかし、その記者が、東京地検特捜部の捜査の「不自然さ」に気がつく。著者は、造船疑獄事件、ロッキード事件、東京佐川急便事件の三つの転換期を経て、特捜検察の正義は歪められてきたと結論づけた。本書は、特捜検察の「歪んだ正義」を、膨大な裁判資料や当事者のインタビューで検証したものである。

本書が書かれたのは、2003年であるが、ここで提起された問題は、いまなお重要な問いを特捜検察に投げかけていることは言うまでもない。

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