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1993年4月

1993.04.10

「カード破産」――紹介屋、買取屋、破産屋がバッコする「現代の公害」



「アッケラカーのカー」という表現で、渡辺外相が、アメリカのカード破産の多さを揶揄したのは何年前のことだろうか。

 まさか、日本も同じような状況になるとは考えていなかったのだろう。今や、日本の個人ローン総額の対GNP比率は、アメリカのそれを上回る。そして、昨年一年間の個人破産件数も、大台の四万件を突破した。

 『カード地獄100万人の現実』(上手なカードの使い方を考える会編、扶桑社)は、カード破産に陥りやすい人は、「真面目で几帳面な人」と指摘する。いい加減な性格では、多重債務に陥る前にブラック・リストにのってしまうのだという。さらに、「取り立てに弱い人」も有力候補だ。性格の問題だけでなく、公務員など立場上取り立てに弱い人がいるという。同書には、さまざまなタイプのカード破産寸前の人たちが登場する。

 こうした人たちから、さらに絞り取ろうというのが、「紹介
屋」や「買い取り屋」だ。『悪知恵』(長山治一郎著、データハウス)によると、「紹介屋」とは、サラ金などからもう借りられなくなった人に、審査の甘いサラ金を紹介する。「買い取り屋」は、同じような人にクレジットで商品を買わせで換金屋に引き取らせる。

どちらも調達できた金額の二~三割の手数料をとるボロい商売だ。しかも、客の借金が増えようが、後はおかまいなし。時には違うサラ金を紹介し、もう一稼ぎということもあるようだ。

 同書の著者は、現役の紹介屋。いざとなったら、弁護士を通じての任意整理か自己破産を薦めている。最近の「紹介屋」は、弁護士を紹介して破産を勧める「破産屋」へ変化している。

 安易な自己破産奨励に、異を唱えるのが『力-ドパニック』(玉木英治、現代書林)。街金融から「クレジット債権管理組合」のコンサルタントへ転身した著者は、安易な破産よりも、更正・救済を前提とした弁済計画を債務者、債権者の話し合いで作り上げるぺきだと主張する。

 自己破産の是非はともかく、こうした状況になるまでローンがかさむことこそ問題だろう。

 直木賞を取り損ねた小説『火車』(宮部みゆき、双葉社)には、カード破産救済専門の弁護士が登場。この弁護士は現代のカード破産を「公害」と呼び、販売信用は通産省、消費者金融は大蔵省という縦割行政の問題点を指摘する。物語自体は、社会派ミステリーという趣で、カード破産が発端になる。

 けがで休職中の刑事のもとへ、義理の甥が現れる。婚約者が過去に自己破産していた事実を知り、それを突きつけた途端に婚約者に失踪されてしまったのだ。その婚約者を探すうちに刑事が出会ったのが、先の弁護士。物語はここから、思いもかけない展開をみせる。

 クレジット・カードに象徴される情報化社会に斬り込み、巧みなストーリー・テリングで最後まで飽きさせない。読後に、カネと人間との関係につきまとう、どうしようもないやりきれなさが残るのが、並のエンターテイメントではないことの証であろう。


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