1994.07.10

▽『団塊の世代』

堺屋太一『団塊の世代』(文春文庫)



 「団塊の世代」という言葉を流行語にした、堺屋太一による1976年発表の未来予測小説。

 戦後の1947年から49年に生まれた日本人は、その直前より二〇%、その直後より二六%も多い。この団塊世代の行く末を80年代半ばの電機メーカー、80年代末の自動車メーカー、90年代前半の都市銀行、90年代末の総理府を舞台に描いていく。

 80年代半ばからのバブル経済こそ、堺屋は予見できなかったものの、堺屋の指摘する問題は、バブル崩壊後の今、むしろ重くのしかかってきている。

 いずれのエピソードも、団塊世代の中でもずば抜けた昇進を遂げたエリートが主人公となっている。これは、83年から92年まで漫画雑誌に連載され、団塊世代の圧倒的な人気を博した『課長 島耕作』と似た設定となっている。

 ただし、『団塊の世代』の場合は、状況を伝えるためのテクニックとして、こうした設定が採用されているのであり、主人公には、関連会社への出向といった苦い結末が待ち受けている。特に、団塊世代が五〇歳を迎える第四話「民族の秋」は、もはや醜悪としか言いようがなく、『課長 島耕作』は、いずれ直面するであろう、こうした現実から目をそらせ、団塊世代を慰撫する役割しか果たしていなかったとさえいえる。

 「あの高度成長の時代、いやそれに続く七〇年代・八〇年代の、まだまだ日本に力があった頃を無為無策に過ごしてきたこと」の責任を、団塊世代だけに押しつけるのは酷だろうか。


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