1994.10.10

▽電脳浄土放浪記――『現代』1994年9月号



 水俣病を題材にした『下々戦記』で大宅壮一賞を受賞したノンフィクション作家、吉田司による電脳世界のルポルタージュ。シリーズ第一回目は、ようやく電脳世界の入り口にたったところ、というべきか。

 言うまでもないことだろうが「浄土」とは仏教用語。人間が永遠に苦しみ続ける「輪廻」の世界を抜け出たところに存在するとされている。

 幕張新都心にあるビルを訪れた吉田は「電脳浄土」という言葉を想起する。ハイテクビルの中に入れば「世界の先端人」だが、一度ビルの外にでれば、単なる「通勤地獄人」へと転落する。それは、あたかも「電子が人間の身分差や生活の汚れを浄化し始めている、と言っても良かった」光景だ。

 第一回目のサブタイトル「万国の機械よ、団結せよ!」は、もちろん、あの有名なスローガンをもじったものだが、一世紀前には、それは「機械に自分の体臭をなすりつけ、機械を人間が呪縛する」運動だった。

 しかし、機械のスピードにうまく乗ったものが勝利を収め、機械の言葉を知らないものは脱落するスピード・ゲームの時代を迎えると、今度は、「人間の方が“機械の体臭”を自分になすりつけ」るようになる。

 吉田の言うように「電脳主義の勝利」や「電子大国による世界の再分割」が不可避なものとするならば、その流れをより良い方向へと修正しうるものとは、一体何なのだろうか。今回の放浪記で、そこまでたどり着いてくれることを期待する。



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