1995.03.10

▽『検屍官』――女性検屍官ケイが活躍するミステリーのヒット作



パトリシアコーンウェル『検屍官』(講談社文庫)



 年末年始に、シリーズ五作を続けて読んでしまったために、『検屍官』シリーズの主人公ケイは、公私にわたって私がもっともよく知っているアメリカ人になってしまった。

 92年に第一作『検屍官』がベストセラーになって以来、『証拠死体』『遺留品』『真犯人』といずれもヒットを続けている。昨年末、最新作の『死体農場』が出たこともあって、書店によっては『検屍官』のコーナーを作っているところさえある。

 このシリーズが好評を博している要因を、あえて分析すると、まず、毎回、猟奇的な連続殺人犯が登場することがあげられる。これは、『羊たちの沈黙』などの、いわゆるサイコスリラーがヒットしたように、最近のミステリーの一つの流れに沿ったものである。

 また、検屍官が死体を検分する描写が詳しく描かれており、最先端の科学捜査の情報を得ることができる。コンピュータシステムがストーリーに絡んでくる部分もあり、現代的なリアリズムをもたらしている。

 そして、働く女性を取り巻く環境が、やや大げさだがそれなりのリアリティをもって描かれていることも上げられる。とくに、この部分に共感する読者も多く読者カードの三分の二が、有職女性からのものだという。

 これらの要素が、なぜ一つの作品に現れるかといえば、著者のパトリシアコーンウェル(女性)の経歴が関係している。コーンウェルはもともと、新聞の警察担当記者として犯罪に関する記事を書いていた。新聞社を辞めた後は、バージニア州の検屍局でコンピュータプログラマーとして働いた。まさに『検屍官』を書くためのキャリアだったともいえるだろう。コーンウェルは、第一作でアメリカやイギリスの主要なミステリー賞の新人賞を四つも獲得するなど、アメリカでもっとも有名なミステリー作家になってしまった。

 では、日本のミステリーファンの受けとめ方はどうか、といえば、あまり芳しくない。『このミステリーがすごい』(宝島社)や『週刊文春』の人気投票でも、『検屍官』シリーズは上位に入ったことがない。

 『このミステリーがすごい』において『新宿鮫』の作者である大沢在昌が、「あいかわらず腰砕けだが、いつもこの人の導入はみごとだよね」と述べているが、的を得た指摘だろう。事件の解決に関し、「偶然」が作用するケースがどの作品にも共通してみられ、その部分がやや「腰砕け」のように感じられる。しかし、導入から、事件が展開していく過程は、大沢在昌が認めているように、やはりうまいといえるだろう。

 一冊約五〇〇ページあるが、四五〇ページ当たりまでは目が離せない。ただ、欲を言えば結末をもう少し、という感じである。逆に言えば、少し物足りなさを残すのがシリーズとして成功する秘訣なのかもしれない。
 
 年一冊のペースだが、五作目ですでに一〇年が経過しており、相棒のマリーノ刑事や姪のルーシーとの関係もどんどん変化している。こうした脇役もよく書けており、小説としての広がりを見せている。

 一冊六八〇円が、損か得かといえば、損はしないと思う。個人的には、第二作の『証拠死体』がお薦め。暇な方は、どうぞお試しあれ。



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