1995.06.10

▽『日米関係の経済史』――経済関係を軸に日米関係を概観する



原田泰『日米関係の経済史』(ちくま新書)



 今さら改めて言うほどのことではないのかもしれないが、幕末以降の日本の歴史は、アメリカを抜きに語ることは出来ない。ペリー来航、GHQ占領に続き、「日米構造協議」は第三の開国とさえ言われている。こうした、きってもきれない日米関係を、経済を軸に概観したのが本書である。

 著者は、冒頭に日米関係における疑問をいくつかあげている。そして、最大の謎として「戦前期においても日本とアメリカは決定的な利害対立をもっていなかったにもかかわらず、日本はなぜ対米戦争に走らなければならなかったのか」という問いを掲げている。

 こうしたいくつもの疑問点について、日米双方の事情を説明しながら、著者なりの見方を示していく。特に、著者が最大の謎としてあげる「なぜ対米戦争へと突っ走ったか」についても、興味深い指摘をしている。

 著者は、まず「日露戦争の後に、日本の置かれた状況をきちんと説明しなかったことから、その後の歴史の過ちが始まるといってよい」と述べている。日露戦争は、兵力の面からも、戦費の面からも戦えない状況に陥っていたにもかかわらず、政府はそれをきちんと説明しなかった。そのために、弱腰の政府が賠償金もとらずに講和した、という世論が巻き起こってしまい、これ以降政府は、対外強硬主義をとらざるを得なくなってしまったという。

 そして、満州事変をおこした関東軍は、ノモンハンでソ連軍と戦って圧倒的な負け方をしたにもかかわらず、満州の権益を放棄して撤退する、という決断が出来ず、それが対米戦争につながっていった。

 そうなった理由の一つには、日露戦争同様に、何もとらずに撤退するのは、世論が許さないと言う雰囲気があったためだ。そして、もう一つの理由は、関東軍が「国家より関東軍という組織を大事と考えた」「関東軍の目的は、戦争ではなく組織の維持であった」ためである。事実、関東軍は最後まで戦わず、敗戦まで兵力を温存していたのである。この関東軍の体質は、欧米の実力をみるや、すぐさま攘夷論を捨てた薩長の指導者の現実主義とは決定的に異なっていた、と著者は指摘する。

 また、戦後のGHQの対日経済政策についてなどにも、興味深い指摘がある。ただ、第8章「日米構造協議」以降、第10章「日米関係の未来」までの比較的最近の話題になると、構造協議以降のアメリカの主張が誤りであることを説明することに、叙述の多くが割かれ、やや面白味にかけている。

 アメリカの主張が、正当かどうか、についての議論はもちろん重要なテーマである。しかし、たとえば、アメリカが間違った主張を続けた場合には日米関係はどうなるのか。あるいは、それを方向転換させるにはどうすればよいのか、といった点にも考察を加えて欲しかった。

 また、著者は日本が一番すべきこととして、「日本が自由貿易の旗手になり、日本の市場を世界に開くこと」をあげているが、それが出来なかった場合に日米関係はどうなるのか。そしてまた、市場開放を妨げ、日本の国益に反した行動をとる「現代の関東軍」とは一体何なのか。こういった点にまでもっと踏み込んで欲しかった。



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