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1995年10月

1995.10.22

▽世界情勢をおさらいする――”国際化”を忘れた内向き日本を反省する



 阪神大震災、オウム真理教事件、そして取り付け騒ぎ。95年の日本は、ビッグニュースに事欠かない。

 長引く不況や政治の不安定さも手伝って、今ほど、日本人が内向きになっている時期も、ここ数年では珍しいことだろう。

 日本以外の国の報道は、あまり関心が持たれなくなっている。そこで、95年に入って出版された本を中心に、最近の出来事を、おさらいしてみよう。

 最近になって、また軍事的緊張が高まりつつあるのが、旧ユーゴスラビア。セルビアと敵対するクロアチアは、クロアチア領内のセルビア入居住地域・クライナ地方を軍事的に制圧。多数のセルビア人が、隣接するボスニア・ヘルツェゴビナに流れ込んだ。

 クロアチアは、さらに別のセルビア人居住地域・東スラボニアの制圧も狙い始めた。東スラボニアはセルビアの国境に接しており、東スラボニアを挟んでクロアチアとセルビアが対峙する格好となっている。

 『東欧 再生への模索』(小川和男著 岩波新書)は、89年の東欧革命以後の東ヨーロッパを、経済的側面を中心に概観している。現在の東欧はさまざまな問題が数多くあるが、「基本的には東欧の人々が自ら一つ一つ解決していくほかに特別な手立てはない」。

 先ごろ日本を訪れたのが、南アフリカのネルソン・マンデラ大統領。悪名高かったアパルトヘイトの下で、二七年間投獄の後、90年2月にマンデラ氏は解放された。その後、国際世論の後押しもあり、急速に民主化は進展した。94年4月には、史上初の全人種参加の制憲議会選挙が行われた。マンデラ氏率いるANC(アフリカ民族会議)が過半数を獲得、マンデラ政権が誕生した。

 『マンデラの南ア』(天木直人著 サイマル出版会)は、外務省でアパルトヘイト問題に取り組んだ著者が、アパルトヘイト廃止への過程を跡づける。特に「日本にとっての南ア問題」は、当時の論争を振り返りながら、日本の対応を検証する。

 マンデラ氏と同じように軟禁状態となり、つい先ごろ解放されたのがミャンマー(旧ビルマ)のアウン・サン・スー・チー女史。彼女については、『アウン・サン・スー・チー―囚われの孔雀』(三上義一著 講談社文庫)が詳しい。

 アウン・サン・スー・チーとは、第二次大戦中にビルマ軍を率いて対日武装蜂起したアウン・サン将軍の娘。

 ネ・ウイン大統領の独裁政権下で88年に起きた反政府デモの弾圧「流血の金曜日」事件をきっかけに、民主化運動が高まった。スー・チー女史はその民主化運動のリーダー的存在だったが、89年7月から自宅に軟禁された。この7月、ようやく解放されたが、日本政府・企業は、すぐさま援助・経済協力を再拡大させた。民主化進展を評価して、と言うが、やや性急な感がするのは否めない。


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▽企業の戦争責任――『週刊ダイヤモンド』1995年7月22日号

 8月15日をピークに、あらゆるメディアで戦後五〇年というテーマが取り上げられている。

 『週刊ダイヤモンド』7月22日号では、「企業の戦争責任」という特集が組まれていた。7月22日号の発売は7月中旬となるために、他のメディアにおける戦後五〇年特集のピークよりも一カ月も早い特集であった。

 ただ、同誌が取り上げた「企業の戦争責任」というテーマは、これまであまりスポットのあてられた部分ではないと思う。

 90年代に入って、第二次大戦中に大企業によって行われた中国人・朝鮮人の強制連行に対する損害賠償請求が、相次いで提訴されている。こうした強制連行に対し多くの企業は「国策に沿って行動しただけ」と答え、また、社史にそうした事実が記載されていないことを、この特集は示している。

 日本全体の戦争責任問題も含め、こうした問題を戦後五〇年の年だけ、あるいは年に一回だけ検証すればよい、というものではないだろう。また、こうした問題の当事者やずっと研究している人たちからすれば、同誌の検証は物足りない部分もあるかもしれない。

 さらに、商業誌という観点に立てば、この特集をした号は、部数的にはあまり成績が良くなかった、とも問いている。

 しかし、歴史のある出版社として、時には商業ベースにこだわらずに、取り上げなければならない問題もあるだろう。ダイヤモンド誌の心意気にエールを送りたい。

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▽『戦争映画名作選』

柳沢一博『戦争映画名作選』(集英社文庫)



 今年、1995年は戦後五〇年。また、フランスのリミュエール兄弟が、パリで世界初の映画を公開して丁度一〇〇年にあたる。戦後五〇年、映画一〇〇年。いずれも多くのメディアによって特集が組まれる重要なテーマ。本書は、その両方を一遍に特集してしまおう、という大作だ。

 本書の構成は、「ヨーロッパの戦い」「アジア・太平洋の戦い」「海と空の戦い・捕虜と市民」の三部からなる。

 多くの戦争映画を、時系列・テーマごとに紹介しており、かつて見たことのある戦争映画が、第二次大戦史上のどこに位置づけられるかを再確認できる。また、同じテーマの戦争映画であっても、それが作られる時代や国によって描かれ方がいかに異なるかもよくわかる。

 巻末には、本文で紹介できなかった映画のリストも掲載されている。これらを見るといかに多くの映画人たちが、エンターテイメントからドキュメント、文芸ものまで、「第二次大戦を物量を費やし、かつ精魂を傾けて、描いているものと理解いただけると思う」。

 しかし、第二次大戦を扱った映画は70年代以降あまり作られなくなり、最近では「シンドラーのリスト」が話題となる程度でほとんど作られていない。

 第二次大戦をテーマにした映画は、なぜあまり作られなくなったのか。そして、それは何に取って代わられたのか。戦後五〇年を文化の面から考える、一つのポイントがそこにある。

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