1995.11.22

▽『犠牲 サクリファイス』――息子の死と「脳死」 “二人称の死”を提言




柳田邦男『犠牲 サクリファイス』(文藝春秋)



 本書は、ノンフィクション作家・柳田邦男氏が、自分の息子の死をきっかけに直面した「脳死・臓器移植」の現場を綴ったドキュメンタリーである。『文芸春秋』94年4~5月号に、二回に分けて掲載されたものに大幅に加筆したもので、二五歳で自らの命を絶った次男への鎮魂歌ともいえる。

 93年夏に息子を失って以来、著者は、「三か月をほとんど放心状態で過ごし」、もう作家活動を続けられないと本気で考えていた、という。それが、94年に入り、新聞の連載を引き受け、また、本書のもとになった原稿を執筆したのは、息子の魂の救済のためには自分がまず再生しなければ、と考えたからだった。

 息子の脳死に直面した著者は、これと同じ様な心理状態になっている。かつて、誰かの役に立ちたいと、次男が骨髄バンクにドナー登録していたことを思い出し、脳死後に骨髄移植できないか、申し出たのである。条件が合わず、骨髄移植できないとわかったとき、今度は腎臓移植を申し出る。惜別よりも、「志を成就させるために最善を尽くそうという前向きの感情が強くなっていた」という。

 著者は、自らの体験を描きながら、“二人称の死”という視点の提起する。欧米では、残された家族の「グリーフワーク(悲嘆の仕事)」を重要視しているが、日本の「脳死・臓器移植」の現場には、そうした点がまだ欠けているという。



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