1995.11.22

▽「文章がうまくなりたい」――文章がうまくなるには優れた文章を読むべし

 編集者稼業をしていると、ときどきとんでもない文章に出会うことがある。

 普通の人にはとても書けそうにない、もっと分かりやすく言えば、バカか天才のいずれかにしか書けないような文章だ。しかし、そういう文章に出会ったときの驚きがあるから、編集者の仕事は面白いと言えるのかもしれない。

 しかし、バカでも天才でもない我々凡人は、名文や美文は書けなくとも、せめてきちんとした文章が書けないか、と願うのが普通だろう。

 まずは、「裏返し文章読本」と銘打たれた『悪文』(中村明著、ちくま新書)。タイトルの付け方がうまいのか、大手書店の売れ行き上位にも顔を出しているようだ。

 本書は、文章の構想の立て方、文の構造上の注意点、句読点の打ち方など解説項目は多岐にわたり、文章に関する小辞典といった趣だ。

 これよりも、もっと実践的な物として、そのものズバリ『ライターになる!』(CWS編、メタローグ)がある。

 メタローグか主催したライター養成講座の講義録をそのまま掲載したもので、インタビュー、書評、映画などの各ジャンルごとのフリーライターが、実戦的な方法論を伝授している。

 たとえば、「哲学的な文章を書く人に見られる傾向ですが、単語を括弧でくくる人が多いんですね。自分にとっては特別の意味があって使っているんですが、他人にとってはほとんどどうでもいいことです。不必要な括弧は文章の品位を落としますし、読みにくい」(中条省平「文章の書き方ー基礎編)。

 しかし、本来、文章を書くとは自分を表現することであり、そこには、書く喜びがなければならないはずだ。技巧よりもなによりも、書きたいことを書く、という姿勢が大切だろう。

 そうした原点を思い起こさせてくれるのが、『清水義範の作文教室』(清水義範著、早川書房)。パスティーシュ(模倣小説)の第一人者・清水義範が、弟が名古屋で経営している学習塾の生徒を対象に開いた作文教室の模様をそのまま一冊の本にしてしまった物である。

 FAXを使って作文のやりとりをしているため、本書の中では、清水氏は「東京先生」と称して作文の添削指導を行っている。勝手気ままに書いている子供達の作文を読めば、自分は子供の頃にどんな作文を書いていたかと、つい考えてしまう。

 既成の教育観にとらわれない清水の添削指導もむしろ参考になる。本書は、ただ読むだけでも抱腹絶倒になること請け合いだ。

 結局のところ、良い文章を書くには、優れた文章に出来るだけ多く接することにつきるのではないだろうか。

 名文のアンソロジーとしては、筑摩書房の『文学の森』シリーズや、『高校生のための文章読本』シリーズがお薦め。


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