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1996年2月

1996.02.22

▽『「超」勉強法』――”ちょう”しにのって、第三弾



野口悠紀雄『「超」勉強法』(講談社)



 野口悠紀雄「超」先生が、サラリーマン魂を刺激する本をまたしても上梓した。超整理、同・時間編に続く、「超」シリーズ第三弾。題して『「超」勉強法』。

 本書では、例によって勉強の三原則を提示しているが、
・面白いことを勉強する
・全体から理解する
・八割原則
 と、言われてみればなるほどというものばかり。

この三原則をもとに、英語、国語、数学の三科目の勉強法について述べていく。具体的なノウハウは、本書をお読みいただければよいし、その勉強法を採用するもしないも、読者が判断すればよいことだろう。

 ただし、本書の提唱するに勉強法は、現在の受験勉強に対するアンチテーゼの面をもっており、要するに受験勉強に対する速効性は無い。また、「優秀な生徒にしか真似できない」という指摘もある。したがって、本書を受験生に進めるのは、避けたほうがよいだろう。

 また、第五章「超」暗記法の箇所は、何だかよく分からない。英語の章で単語や熟語をこじつけで覚えることを、「絶対にやってはならない」と批判しながらも、暗記法の部分では、さまざまなことを関連づけて覚えよう、と提唱している。しかし、たとえば「三菱商事に勤める、眼鏡をかけた石井さん」というのを、「ダイヤモンドーガラスー石」と関連づけるのは、ちょっと無理があるんじゃないでしょうか。


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▽『新宿鮫 炎蛹』――過剰なフィクションに支えられた理想の人物像



大沢在昌『新宿鮫? 炎蛹』(カッパ・ノベルス)



 早いもので『新宿鮫』シリーズも第四弾。

 本書の人気は、主人公である新宿署の刑事・鮫島のキャラクターに負うところが大きい。正義感に燃えるタフな刑事、という設定はハードボイルドの定番でもある。

 こうしたキャラクター設定は、脇役にも踏襲されている。連続放火犯を追う消防署員、防疫検査をすり抜けて日本に持ち込まれた「炎蛹」を追い掛ける防疫検査官。彼らはみな、職業意識に燃える公務員である。

 しかし、こうした理想的な人物像をストレートに描いても、単なるエエカッコシイの物語で終わってしまう危険性はある。作者は、物語に過剰なフィクションを設定することで、この点を回避することに成功している。

 本書のサブタイトルにつけられている「炎蛹」も作者の創作によるものだ。南米から持ち込まれた、この蛾の蛹が羽化して繁殖を繰り返せば、日本の水田は壊滅的な打撃を受けることになる。カタストロフを前にすれば、どんな臭いセリフも肯定せざるをえない……。

 などと考えていたら、「炎蛹」の設定に似たニュースが飛び込んできた。日本にいないはずのセアカダケグモ。すでに何度も繁殖を繰り返しており、毒グモの大量発生となりかねない。

 ならば、いっそのこと鮫島刑事も飛び出して、悪い奴らをみんな逮捕してくれればさぞかし胸がすっとするだろうに。


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▽『日本の予算を読む』――大蔵権力の源泉、予算編成の舞台裏



新藤宗幸『日本の予算を読む』(ちくま新書)



 大蔵省解体論がかまびすしい昨今だが、その権力の源泉は予算の編成権にある、といわれている。本書は、日本の予算の仕組みを描くことに主眼が置かれているが、その内容は単なる教科書的なものではない。

 「予算が、歳入と歳出に加えた政府金融の複雑かつ怪奇とすらいえる、政治と技術の交錯であることを基本として、予算の実像に迫ってみようとするものである」

 編成から実行まで足掛け四年にわたる予算は、外部から伺い知れないほど複雑なものとなっている。ブラックボックス化することが、大蔵省の戦略であった、といえるだろう。

 最近、住専問題で取り沙汰されている、「政府保証」についても記述がある。

 「内閣は国会の承認を受けた範囲内で、債務契約を民間と結ぶことができる(財政法第一五条)。これを債務負担行為というが、契約期間は最長五カ年である。そして将来、現金支出が必要とされる時は、その年度の歳出予算に支出額を計上して、国会の議決を受けなければならない」

 つまり、住専処理に際して政府保証を行う場合は、特別の立法措置が無いかぎり、国会の承認を二回受ける必要があることになる。すでに、95年度予算は税収不足に陥っており、さらなる増税が予想される。日本人の納税者意識が強まるほど、ごまかしがきかなくなるはずだ。


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▽大蔵官僚の病気――『別冊宝島』24



『大蔵官僚の病気』(『別冊宝島』244)



 94年12月に発行された 『大蔵官僚の正体』に続く、大蔵官僚ネタの第二弾。この一年の間に、大蔵官僚のさまざまなスキャンダルが明るみになったり、金融機関の破綻や大和銀行問題といった事件が続き、大蔵省および大蔵官僚は、絶好の叩きネタに成長してしまった感がある。

 本書の内容も前回のものと比べると、かなり過激になっている。この号の中では、大蔵省とマスコミとの関係を描いた「審議会にマスコミをとりこむ大蔵省のすご腕」が興味深い。

 例えば、大手マスコミの関係者(論説委員、解説委員クラス)も審議会の委員にして反論できなくする。大蔵省内の記者クラブ「財政研究会」所属記者のエリート意識をくすぐって仲間意識を醸成する。大蔵省のことを悪く書かない記者にだけリークが与えられる。大蔵省に批判的な記者にはわざと特オチさせる。

 というようなことは、これまでにもしばしば指摘されている。しかし、こういったワザを使っても、コントロールできない部分がある。そこで出てくるのが国税庁である。国税庁には調査第三部第三十九部門というマスコミの税務調査を専門に担当するセクションがある、という。

 いざとなればこのセクションが動き出し、徹底的なあら探しを行うことができるのだ。新聞社が脱税していたとなれば社会的な信用は失墜する。ゆえに逆らえなくなっていく。

 こうした税金絡みの圧力は、新聞社だけでなく出版社やフリーライターにも及ぶという。

 やれやれ……。  


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▽『退き際の研究』



内橋克人『退き際の研究』(日本経済新聞社)



 本書は、経済ジャーナリストの内橋克人氏が、88年から89年にかけて『日経ビジネス』誌に連載したものをまとめなおしたものである。

 企業の経営者を中心に、その「出処進退」ぶりをレポートしたものであるが、その内答については、各章のサブタイトルをみるだけで容易に想像がつくはずだ。

「公私裁然の男、太田垣士郎・関西電力初代社長」
「東京ガス・安西ファミリーの弁明」
「ホンダ三代『社長交代の流儀』」
「東急・五島家三代『世襲の帳尻』」
「日本航空・伊東淳二の469日」
「『昭和』 の偶像・中内功の行動原理」
「帝人・大屋普三、『永久政権』 の負の遺産」

 連載された当時は、大企業における経営者の世襲が話題を集めた時期であり、社会階層の固定化が重大な社会問題としてクローズアップされていた。本書で取り上げられている題材にも、世襲にまつわるものが多い。

 しかし、内橋氏の問題意識は、世襲だけにとどまっているわけではない。

 日本の企業においては、株式の持ち合いがあるためにトップの経営責任を追及する制度がなく、トップ個人の倫理観や哲学による以外は、経営者の「出処進退」を決することができなくなっている。

 「逆に言えば、権力者の人間性は『退き際』に凝集して表現される、ということもできる」と指摘する。

 本書を読むべき経営者は、日本には腐るほどいるはずだ。


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