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1996年4月

1996.04.22

▽『僕はこんな本を読んできた』



立花隆『ぼくはこんな本を読んできた―立花式読書論、読書術、書斎論』(文春文庫)



 立花隆が過去に行った、講演録やインタビューや書評をまとめただけの、お手軽な作りの本。文芸春秋の作りにしては、ちょっと雑。

 立花隆氏の読書遍歴は、学生時代までは文学、文芸春秋退社後は哲学、ふたたびジャーナリズムの現場に戻ってからはノンフィクションや科学の専門書、というふうに分けられる。

 立花氏は、インタビューの中で、文学の与えた影響について興味深い発言をしている。「文学を読むことで得られる大事なことは、それによってつちかわれるイマジネーションですね。取材が駄目な人間というのは、結局イマジネーションがないからなんだね」。

 また、文芸春秋を退社したときの「退社の弁」も紹介されている。

 「ジャーナリズムの世界において僕が感じたのは、思惟とのフィードバックがない観察はなにものでもないだろうということだった。あまりにも多くのものを見すぎることは、もしそれが充分に考えることによって裏打ちされないならば、返って有害であるかもしれないのではないか……」

 本を読みたい、という理由で文芸春秋を退社した立花氏は、ふたたびジャーナリズムの現場に戻ってくる。その理由は、小説よりも面白いノンフィクションを数多く読んだから、という。しかし、このあたりの心情的な変節が今一つ、よく分からない。その意味でも、本書の出来はよくない、といえるだろう。


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▽『経世会死闘の七〇日』――面白すぎる権力闘争のドラマ

大家清二『経世会死闘の七〇日』(講談社)



 住専問題の進展次第では、国会は解散・総選挙という事態に至っているかもしれない。この政局混迷の原因は、小沢一郎と橋本龍太郎のいわゆる「一龍戦争」があり、その底流には92年秋の経世会分裂があった。

 本書は、経世会分裂過程の七〇日間を、現役の政治部記者が、克明に綴ったものである。ペンネームを使っての執筆、情報ソースを明かさないでの描写といった様々な制約があるものの、本書に書かれている事のほとんどは事実である、とみていいだろう。「一龍の確執」部分も含め、最近のテレビ番組や週刊誌などが流用している箇所も数多くあり、現在の政治状況を理解するうえでは必読の書といえる。

 本書に綴られているのは、理念のかけらもない、純粋な権力闘争のドラマのみであり、本書を読んで「国民不在の政治」といった紋切型の批判を投げ掛けることもできるだろう。しかし、そうした安直な批判を受け付けないほどの面白さを本書は持っている。

 単なる、「サル山のボス争い」がなにゆえに、これほどまでに面白く感じるのか。それが、人間の持つ本性の一部に他ならないからだ。

 ただひとつ、我々が考えなければならないことは、政治の側が、こうした無意味な権力闘争に明け暮れていながらも、日本という国がとりあえずは大きな破綻をきたさずにいるのはなぜだろうか、ということだろう。

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