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2009年1月

2009.01.29

▽盗まれたムンクを捜して

エドワード・ドルニック『ムンクを追え! 『叫び』奪還に賭けたロンドン警視庁美術特捜班の100日』(河野純治訳、光文社)


1994年2月、ノルウェーのオスロにあるノルウェー国立美術館から、ムンクの代表作である『叫び』が盗まれた――。ロンドン警視庁美術特捜班の チャーリー・ヒルは、『叫び』奪還への協力を申し出る。彼は、アメリカのゲティ美術館の代理人という身分を借りて、犯人グループとの接触を試みる……。

まるで映画のようなストーリーですが、本書はノンフィクションです。チャーリー・ヒルという美術捜査官も実在の人物です。本筋の『ムンク』奪還劇に 交えて、ヒルの人となりや、美術捜査官としての体験なども紹介されています。ちょっとまどろっこしいところもありますが、それでも面白く読むことができま す。

[目次]

第1部 二人の男と一本のハシゴ
第2部 フェルメールとギャング
第3部 ゲティから来た男
第4部 囮捜査の技術
第5部 地下室にて

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2009.01.28

▽アメリカ人はいかにして嘘つきになりしか?

デービッド・カラハン『「うそつき病」がはびこるアメリカ』(小林由香利訳、NHK出版)

タイトル通りの本で、あらゆる分野で、いかにアメリカ人が嘘をつくのが平気になってしまったかを淡々と記述しています。アメリカで出版されたのは2004 年で、いわゆる「市場原理主義」に反対するプロパガンダのようなスタンスの本かと思ったのですが、その後のアメリカの政治経済状況を鑑みるに、この時点 で、すでにアメリカ人のモラルは、深刻なまでに崩壊していたことがわかります。

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▽もう一人の大統領が語るもう一つの「不都合な真実」

アル・ゴア『理性の奪還 もうひとつの「不都合な真実」』 (竹林卓訳、ランダムハウス講談社)


アル・ゴアといえば、2000年の大統領選挙で、フロリダ州の開票問題によって落選したが、もしかしたら大統領になっていたかもしれない人物。その後は、環境問題に取り組み、環境問題を扱った『不都合な真実』をベストセラーにし、ノーベル平和賞を受賞した。

その第二弾とも言える本書『理性の奪還』の副題となっている"もうひとつの「不都合な真実」"とは何か? それは、ブッシュ大統領や、その政府高官 たちが、国民にきちんとした情報を与えないどころか、嘘をまき散らし、過度なテロ対策やイラク開戦へと突き進んだこと。そして、それにテレビが大きく加担 したこと、である。アメリカでは2007年5月に出版されてベストセラーになったという。

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▽映画やドラマで見る最近のアメリカ

町山智浩『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』(文藝春秋)


『悪から我らを救いたまえ』、『神の御許のパンク』、『ブッシュとの旅』、『神の仲間達/アレクサンドラ・ベローシの自動車旅行』、『フェア・ゲー ム』、『告発のとき』、『ギァンタナモへの道』、『マイティ・ハート』、『レンディション』、『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』、『オサマ・ビンラ ディンは世界のどこにいる』、『ウォルマート/激安の代償』、『なぜウォルマートは成功し、一部の人々を激怒させるのか』、『ウィーズ』、 『30Days』、『シッコ』、『キング・コーン』、『レッド・スコルピオン』、『誰が電気自動車を殺したか?』、『大統領暗殺』、『007トゥモロー・ ネバー・ダイ』、『コルベア・レポート』、『イディオクラシー』、『シンプソンズ』、『ヒップホップ・プレジデント』、『父達の信念』

以上が、本書で紹介されているテレビ番組や映画(一部撮影中を含む)です。公開時期は、イラク戦争は間違いだったんじゃないか、とアメリカ国内でも 思われ始めた2005年から2008年にかけて。日本でも、小泉内閣が郵政選挙で圧勝して以降、アメリカにおける新自由主義的な政策の負の面に言及する際 に、こうした映画に絡めて取り上げられる話題が多かったと思います。

日本でも、社会派の映画は作られることはありますが、話題になる作品は、それほど多くないと思います。ところが、アメリカの場合は、イラクやアフガ ニスタンで戦争をやってることもあって、実に多い。もちろん、普通の娯楽映画も作られているんでしょうけど、日本で、最近洋画が低調なことと、関係がある ような気もしますね。

[目次]
序章 アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない
第1章 暴走する宗教
第2章 デタラメな戦争
第3章 バブル経済と格差社会
第4章 腐った政治
第5章 ウソだらけのメディア
第6章 アメリカを救うのは誰か
終章 アメリカの時代は終わるのか

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2009.01.27

▽ジャーナリストが感じた三島由紀夫と自衛隊

杉山隆男『「兵士」になれなかった三島由紀夫』(小学館)


本書は、もっと評価されるべき本だと思う。ある意味でスクープと言ってもいい。

1970年、盾の会のメンバーとともに自衛隊市ヶ谷駐屯地に乱入し、自衛隊員に決起を呼びかけた後に、割腹自殺をした三島由紀夫は、生前、自衛隊のレンジャー部隊の訓練に参加していたことはよく知られている。

本書は、自らも自衛隊に体験入隊した経験のあるジャーナリストの杉山隆男が、三島の訓練に立ち会った複数の自衛隊員を訪ねて、レンジャー訓練における三島の様子を浮かび上がらせたものである。

当時の自衛隊員が三島をどう思っていたかについても率直に語られており、「なぜあの決起が成功しなかったのか?」という疑問に対する、一般の自衛隊員の側からの回答が読み取れる。

[目次]
第1章 忍(黙契;走る人;懸垂;水兵渡り;救出;美学)
第2章 剣(段級審査;手合わせ;服装点検;同期の二人;メダリスト)
第3章 絆(告白;継続監視;自立の宴;最後の会話;運命)
最終章 手紙

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2009.01.26

▽フランス人ジャーナリストが見た猪瀬直樹と小泉改革

ニルス・プラネル『僕が猪瀬事務所で見たニッポン大転換』(草思社、橘明美訳)


ヘルシンキ生まれのフランス人ジャーナリスト、ニルス・プラネル(Niels Planel)は、2007年3月に"Un autre Japan 2001-2005"という本をフランスで出版した。"Un autre Japan"とは、「もう一つの日本」という意味である。

同氏は、2001年に猪瀬直樹事務所の研修生となり、その後いったん帰国、2005年に再来日して、2007年にかけて猪瀬事務所でスタッフとして働いた。その時の体験を記録したもので、日本では2007年12月に『僕が猪瀬事務所で見たニッポン大転換』(草思社、橘明美訳)として出版された。

原著のタイトルに"2001-2005"とあるように、2001年から2005年の日本は、ちょうど小泉純一郎政権下で構造改革が進められていた時期であり、猪瀬直樹は小泉内閣の下で、道路公団民営化に携わっていた。

歴史的な転換点を迎えていた日本を、外国人として、あまり利害関係の無い立場から振り返ったのが本書といえる。もちろん猪瀬直樹の肩越しから小泉改 革を眺めている部分もあるが、同氏が自分なりの視点で日本の政治や社会を考察しているところも多いので、『僕が猪瀬事務所で見たニッポン大転換』というタ イトルは、やや内容を矮小化して伝えているようで残念である。

プラネル氏の個人的な体験も交えているが、紙幅の多くは、外国人から見た小泉時代の日本政治や日本社会を観察し、考察することに費やされている。

最近の政治状況と関連して、本書の記述で目を引くのが、小泉純一郎は、日本で初めて地方で暮らしたことがないまま、総理大臣になった人物という指 摘。確かに、小泉以前は、地方出身者が総理大臣を務めてきたし、小泉以降は、安倍、福田、麻生と、選挙地盤は地方のままだが、幼少期から東京で過ごしてい る政治家ばかりである。

また、道路公団民営化に比べると、郵政民営化は透明性に欠けているのではないかとも指摘されているが、最近のかんぽの宿をめぐる騒動をみると、なるほどと思わせる。本書は小泉時代は何だったのかを振り返る上で、読み応えのある記録となっている。

[目次]
第1章 ムッシュー・イノセ
第2章 カフェの日本人
第3章 変わらない日本
第4章 変わりゆく日本
第5章 まだ打つ手はあるはずだ

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2009.01.22

▽漱石の孫が見た世界のマンガ事情

夏目 房之介『マンガ 世界 戦略 カモネギ化するかマンガ産業』(小学館)


マンガ評論家の夏目房之介が自身の体験にもとづいて、日本の漫画が、諸外国でどのように受容されているかについて、文化的な面だけでなく、ビジネス の面からも語っている。「カモネギ化するかマンガ産業」という副題が、ある種の警鐘であることが理解できるだろう。2001年の出版だが、現在でも十分読 むに値する。

[目次}
第1章 マンガと異文化
第2章 私のマンガ「国際化」前史
第3章 一九九九年、私的マンガ「国際化」元年
第4章 「国際化」の先人達
第5章 アジアからみる日本
第6章 これからのマンガ
第7章 マンガ・世界・戦略

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2009.01.20

▽タイのウルトラマンの憂鬱

安藤健二『封印作品の憂鬱』(洋泉社)


安藤健二の『封印作品』シリーズ第三弾『封印作品の憂鬱』では、半分近くの分量を1974年にタイで公開された『ハヌマーンと7人のウルトラマ ン』(邦題『ウルトラ6兄弟VS怪獣軍団』)という映画に費やされている。ハヌマーンとは、タイにすむ猿の神様であり、この映画は、ウルトラ兄弟とともに ハヌマーンが怪獣軍団と戦うという異色作である。

もちろん本書の主題は、この映画がなぜ封印されるに至ったか、その背景を探ることにある。そして読者は、「悪いのはタイ人か? 日本人か?」という 二分法では割り切れない意外な結論へ導かれる。また、タイでは、どのようにウルトラマンが受容されているのか、タイにおいてハヌマーンとはどんな存在なの か、タイと日本における残酷描写の受け止められ方の違い、1970年代のタイの世相などについても、興味深く読むことが出来る。

[目次]
第1章 ポケットの中の悪夢―日本テレビ版『ドラえもん』
(石化した時間;富山事件;不可解な出生 ほか)
第2章 白猿の暗黒舞踏―『ウルトラ6兄弟VS怪獣軍団』
(オート三輪と高層ビル;ウルトラリンチと呼ばれて;ベトナム戦争とサービス精神 ほか)
第3章 歯車と少女―みずのまこと版『涼宮ハルヒの憂鬱』
(涼宮家の一族;禁じられた妄想)

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2009.01.18

▽元外交官による人間観察の集大成

佐藤優『交渉術』(文藝春秋)


まず断っておいた方が良いと思われることは、本書のタイトルは『交渉術』とはいうものの、実際のところ本書で「交渉術」を学べるかというと、あまり役には立たないと思います。そういう意味では実用性は低いと言えます。

さらに内容についても、同じ著者のベストセラーとなった『国家の罠』や『自壊する帝国』において既出のエピソードが多いうえに、これらの著作と比べ ると、外務省をゆさぶった鈴木宗男疑惑の「国策捜査」、あるいは日露交渉の舞台裏などのスリリングな内幕ものとしての魅力も乏しいと言わざるをえません。

しかし、それでも面白く読むことができます。その理由は何かと考えると、本書がクロス・カルチュラルな人間観察のエッセイ集であることが指摘できる と思います。おそらく、『国家の罠』や『自壊する帝国』を書いた頃から時間を経たことによって、著者が関わった人たちのことを、より客観的に描けるように なった結果ではないかと思われます。そういう意味では、実用書を装った「交渉術」というタイトルは、実用書ブームをあてこんでいるようで残念と言えば残念 なタイトルです。

さて、著者が描く人間模様は、エリツィンやプーチンなどのロシアの政治家、橋本龍太郎、小渕恵三、森喜郎、鈴木宗男などの日本の政治家、さらに日本 の外務官僚の奇人変人ぶりなど、多岐にわたります。本書の構成は、通読すると一つの大きなテーマが見えてくるというわけではありませんので、あくまでも エッセイ集として、一つ一つのエピソードを楽しむべきものだと思います。

[目次]
神をも論破する説得の技法
本当に怖いセックスの罠
私が体験したハニートラップ
酒は人間の本性を暴く
賢いワイロの渡し方
外務省・松尾事件の真相
私が誘われた国際経済犯罪
上司と部下の危険な関係
「恥を棄てる」サバイバルの極意
「加藤の乱」で知るトップの孤独
リーダーの本気を見極める
小渕VSプーチンの真剣勝負
意地悪も人心掌握術
総理の女性スキャンダル
エリツィンの五段階解決論
米原万里さんの仕掛け
交渉の失敗から学ぶには

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2009.01.17

▽談春が見た志らく

立川 談春『赤めだか』(扶桑社)


『赤めだか』は、立川流の落語家、立川談春の自伝です。修業時代から真打ち襲名までを、割と赤裸々に語っています。ま、語っていないことも多々あるのでしょうが。立川談志を軸にした落語界の裏も、垣間見えて興味深いですね。

個人的には、談春と言えば、TBSの深夜番組で弟弟子の志らくと「立川ボーイズ」というコンビを組んで、コントをやっていた時の印象が強いですね。なんて言うか、深夜でないとやれないような危ないネタが多かったのですが。

本書によると、「立川ボーイズでは売れ損なった」と、志らくは語っているようですが、売れっ子になるつもりで、ああいうネタをやっていたのかよ、と、ちょっと突っ込みを入れたくなってしまいました。

[目次]
第1話 「これはやめとくか」と談志は云った。
第2話 新聞配達少年と修業のカタチ
第3話 談志の初稽古、師弟の想い
第4話 青天の霹靂、築地魚河岸修業
第5話 己の嫉妬と一門の元旦
第6話 弟子の食欲とハワイの夜
第7話 高田文夫と雪夜の牛丼
第8話 生涯一度の寿限無と五万円の大勝負
特別篇その1 揺らぐ談志と弟子の罪—立川流後輩達に告ぐ
特別篇その2 誰も知らない小さんと談志—小さん、米朝、ふたりの人間国宝

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2009.01.16

▽押井守が語る兵器と戦争

押井守、岡部いさく『戦争のリアル Disputationes PAX JAPONICA』(エンターブレイン)


映画監督の押井守が軍事評論家の岡部いさくと、戦争や自衛隊や兵器について語り合う。押井の「僕に言わせれば『正しい装備』というのは『絵』にな る。むしろ絵にならなきゃおかしいんだとすら思っているんですよ」という主張はうなずけるものがあります。本書は、そういう視点から、軍隊や装備が語られ ているわけで、その意味ではなかなか面白く読めます。

[目次]
第1章 敗戦のトラウマと日本のアニメ—総論として
第2章 イラクで何が起こっていたのか?—光学サイトから読みとる裏の事情
第3章 かっこいい自衛隊を目指して—勝てそうな携行兵器
第4章 押井的次期戦闘機導入計画?スホーイサイコー!?
第5章 日本海防衛構想—地域限定海軍vs.漁船ワラワラ戦術
第6章 戦争を語るのは誰なのか?—妄想と現実の間で

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2009.01.15

▽井上夢人が語る岡嶋二人

井上夢人『おかしな二人―岡嶋二人盛衰記』(講談社文庫)


ミステリー作家の岡嶋二人は、井上夢人と徳山諄一の二人のペンネーム。岡嶋二人の結成から、江戸川乱歩賞受賞、そして解散までの過程を井上夢人が 綴った。コンビ作家の結成から解散までのドキュメントとして読むことができる。また、アイデアの練り方から、構成の立て方まで、ミステリーの作り方の参考 になる。

[目次]
盛の部
 出会い/僕はパパになった/サニーの中で/「徳さん」 ほか
衰の部
 貴賓室とゴム長靴/はじめての仕事/罠の中の七面鳥/不吉な予言 ほか

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2009.01.12

▽カナダで悠々自適に暮らす一匹オオカミの起業ストーリー

滝沢修『セミリタイア成功術~海外で半分遊んで半分働く豊かな暮らし』(結書房)

本書の著者は、カナダのケロウナに移住して起業。ワインなどを日本向けに販売するかたわら、ゴルフやスキー三昧の充実したセミ・リタイア生活を送っている。

著者は、不況で家業をたたみ、カナダに移住した上で、改めて自分の好きなこと、やりたいことをビジネスとして立ち上げた。単に理想を追うのではなく、合理的な判断の積み重ねでビジネスを立ち上げていった著書の次の言葉はとても印象に残るものだ。

《自分の名前で勝負ができれば、これほど強いものはありません。ある意味、一匹オオカミ的な立場になるかもしれませんが、一匹オオカミは決して孤独になりません。そもそもオオカミという動物は群をなします。起業の世界も同じことがいえると思うのですが、起業した一匹オオカミ同士がお互いの存在価値を認め、業務提携という形で共同作業を行うからです。》(p.183)

著者のサイト『少しだけ悠々自適の海外生活』
http://www.ogtcanada.com/

滝沢修『セミリタイア成功術~海外で半分遊んで半分働く豊かな暮らし』(結書房)
[目次]
1 いざ!カナダへ
2 ゼロからの起業はこうして軌道に乗った
3 カナダ・セミリタイアを保障する7つのメリット
4 海外起業を目指すための7つの常識リセット
5 海外起業を成功させる12の営業戦略
6 ちょっとした財産をつくる7つのコツ
7 海外で豊かに安全に暮らすための6つのアドバイス

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2009.01.10

▽ダイエー中内の強さの源泉

佐野眞一『カリスマ―中内功とダイエーの「戦後」〈上・下〉』 (新潮文庫)

ジャーナリスト佐野眞一による中内ダイエーの研究の書。いまは亡きダイエー創業者・中内功の強さの源泉を次のように描いている。

《 このとき私はある経営コンサルタントに会い、目からウロコが落ちるような話を聞いた。
 ダイエーは地元からどんなに強い反対運動があっても最後は結局、出店してしまう、なぜなんでしょう。そうたずねると、経営コンサルタントは、なんでそんな簡単なことがわからないのか、という顔をした。
「簡単です。地元の反対運動は大勢ですが、ダイエーは中内さん一人だからです」
「多勢に無勢では、ダイエーの方が不利なんじゃないですか」
「そこが違うんです。複数は弱い。特に時間がたてばたつほど。あいつはひょっとして賛成派に回っているんじゃないかとか疑心暗鬼になり、最後は仲間割れになる。その点、一人は強い。絶対に割れっこないからです」
 私はあっ、と思った》(下巻p.424)

佐野眞一『カリスマ―中内功とダイエーの「戦後」〈上〉』 (新潮文庫)
[目次]
第1部 苦悶と狂気
 沈む半月マーク
 メモリアルのなかの流通帝国
第2部 飢餓と闇市
 三角の小さな家
 書かれざる戦記
日本一長い百貨店
 キャッシュレジスターの高鳴り
 牛肉という導火線
第3部 拡大と亀裂
 神戸コネクションと一円玉騒動
 わが祖国アメリカ
 黄金の60年代
 ベビーブーマーたち
 血と骨の抗争

佐野眞一『カリスマ―中内功とダイエーの「戦後」〈下〉』 (新潮文庫)
[目次]
第4部 挑戦と猜疑
 「わが安売り哲学」
 三島由紀夫と格安テレビ ほか
第5部 膨張と解体
 持ち株会社第一号とローソンの反乱
 宮古の怪、福岡の謎 ほか
第6部 懊悩と終焉
 中内ダイエーの一番長い日
 インサイダー疑惑の衝撃 ほか

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2009.01.09

▽エヴァンゲリオンが誕生した瞬間

武田康広『のーてんき通信―エヴァンゲリオンを創った男たち』 (ワニブックス)

「新世紀エヴァンゲリオン」を世に送り出し、アニメ製作会社としての地位を不動のものにしたガイナックス。その創設からトップに立ち続けた現・取締役総括本部長が、これまでの歩みを赤裸々に語る。エヴァンゲリオンの誕生の瞬間は次のように述べている。

《 その日、庵野は帰ってきて「キングの大月さんと一緒にテレビやることにしたから」って言った。ぼくらも「あぁそう、ええんちゃう」って軽い感じで受け止めた。
 そのときぼくはビックリしたわけではなく、「あぁ庵野は決めたんだな」ってすんなり受け入れられた。
 よく考えれば、実はこの「決めた」ということが、学生時代からガイナックスに至ってのぼくらの一番の強みであり特徴なのだ。このことが最近になってようやくわかった。ようするに、「行動する意思」の強いものが作品(イベントも)を作ることができるということなのだ。》
 
武田康広『のーてんき通信―エヴァンゲリオンを創った男たち』 (ワニブックス)
[目次]
大阪編—すべての未来はSF
 少年期の終わりに
 運命の大学入学 ほか
叫ぶ!笑う!走る!泣く!武田康広・21世紀最初の大立ち回り
 第40回日本SF大会SF2001
 大会実行委員長&日本SFファングループ連合会議議長 ほか
東京編—そして、上京
 ガイナ荘
 東京生活 ほか
山賀博之・赤井孝美・庵野秀明特別鼎談 欠席裁判!武田康広まるはだか!?

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2009.01.08

▽映画監督になる方法とは

『庵野秀明 スキゾ・エヴァンゲリオン』、『庵野秀明 パラノ・エヴァンゲリオン』(太田出版)


『庵野秀明 スキゾ・エヴァンゲリオン』、『庵野秀明 パラノ・エヴァンゲリオン』(太田出版)は、「クイック・ジャパン」に掲載された庵野秀明へのインタビュー集。いちばん笑ったところは、『庵野秀明 パラノ・エヴァンゲリオン』(pp.37-38)より。

《竹熊 山賀さんっていうのは、映画青年というイメージがあるんだけど。
庵野 いや、全然。彼、あんまり映画見ないですよ。有名になるため の方法論が映画監督だったということで。だから映画監督になるには、どうしたらいいんだろうというので、淀川長治のエッセイを読んだらしいんですよ。そこ に「同じ映画を一〇回見れば、誰でも映画監督になれる」って書いてあったんで、それで『がんばれベアーズ特訓中』を一〇回見て、これで映画監督になれるっ て。
大泉 (爆笑)
竹熊 ただものじゃないね。よりにもよって『ベアーズ』・・・・・・。
庵野 『がんばれベアーズ』ならまだわかるんですけど、『特訓中』ですから。つまんないと言ってましたね。
竹熊 そのつまんなかったやつを一〇回も。山賀さん、それでもう映画はわかったと。
庵野 映画監督にこれでもうなれると。
大泉 実際なったからすごいね。》

『庵野秀明 スキゾ・エヴァンゲリオン』
[目次]
第1部 庵野秀明 ロングインタビュー
 僕たちには何もない
 物語の終わらせ方
 創作とはオナニーショウである
 「デビルマン」とエディプス・コンプレックス
第2部 『エヴァンゲリオン』スタッフによる庵野秀明“欠席裁判”
第3部 綾波レイとは何か?(大泉実成)

『庵野秀明 パラノ・エヴァンゲリオン』
[目次]
第1部 庵野秀明 ロングインタビュー
 もう、僕は勉強しない
 ダイコンフィルム誕生
 エヴァへの長い道
 絶望は思うんだけど、そこからスタートです
第2部 『エヴァンゲリオン』スタッフによる庵野秀明“欠席裁判”
第3部 私とエヴァンゲリオン(竹熊健太郎)

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2009.01.07

▽東野圭吾のたぶん最初の決断

東野圭吾『たぶん最後のご挨拶』(文藝春秋)


ミステリー作家の東野圭吾が直木賞受賞を機に、それまでに書いたエッセイなどをまとめたもの。江戸川乱歩賞受賞前は、自動車メーカーでエンジニアとして働いていたのは、よく知られている。

《 「就職して一、二年は無我夢中だった。当然のことながらエンジニアとしても半人前だから、早く一人前にならねばと焦っていた。だがそんな風に過ごしながらも、一つの疑いが脳裏から離れなかった。
 俺の居場所は本当にここなのか、というものだった。
 たしかにエンジニアになることも夢の一つであった。だがそれならば、子供の頃から何度も繰り返したあの「真似事」は何だったのだ。それらに対して何ひとつチャレンジしないまま、一生を終えてもいいのか。後悔はしないのか。
 慣れない会社生活から逃避したくてそんなふうに思うだけなのだ、と自分にいい聞かせていたが、「もしほかの夢を追っていたらどうなっていただろう」という空想は、日に日に私の心を掴んで離さなくなっていた。
 二十四歳の秋、ついに一つの決心を固めた。》(p.261)

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▽ジョブズが語る自分の居場所

『スティーブ・ジョブズ-偶像復活』(東洋経済新報社)

アップルコンピュータを創ったスティーブ・ジョブズの第二幕。アメリカ人ジャーナリストが、カリスマの虚像と実像を追った。下記はアップルを追われた時のジョブズの手紙の内容である(p.198)。

《僕が得意なのは、才能のある人材を集め、何かを作ることです。アップルの方針をどうこう言うつもりはありません。ただ、僕自身は、何か作っていたいのです。僕が何かを作る場所がアップルにないのなら、過去、2回もしたことをもう1度するだけです。自分の居場所を自分で作るんです。アップル創業のとき、ガレージでしたこともそうでしたし、Macをはじめたときも、いわばガレージで同じことをしたようなものでした。》

ちなみにジョブズが、ペプシ・コーラの辣腕経営者ジョン・スカリーを口説いた時の言葉は……

《スカリーの著書によれば、彼がアップルの誘いを断れないと自覚したのは、ある日マンハッタンのビルの屋上に立ちハドソン川を眺めながら、ジョブズが振り返りこうたずねた時だった--「あなたは一生砂糖水を売って過ごすつもりですか、それとも世界を変えるチャンスに賭ける気はありませんか?」》(『アップル』上巻p.28)

また、ジョブズがスティーブ・ウォズニャックにコンピュータ・キットの組立・販売会社を設立しようと、説得した時の言葉は……

《すると彼は言ったのです。「いいかい、スティーブ。僕たちは、お金を失うことになるかも知れないけれど、会社をつくるというのは一世一代のことなんだ。”僕たちは会社をつくったことがあるんだ”と人に言えることだけでも、それだけでも誇れることだし、実際のところ価値のあることなんだよ」と。》(『新・電子立国1ソフトウェア帝国の誕生』p.224)

ちなみにアスキーの創業者である西和彦が、古川亨をアスキーに誘った時の言葉は……

《西さんに口説かれまして、大学を中退してアスキー社に入りました。西さんから、「今、入社したら重役で迎えるが、あとからでは保証の限りではない」と言われて入ってみると、アスキー社のオフィスはアパートの四畳半でした。部屋が狭すぎて仕事をする場所がない。そこで、風呂場の空の浴槽に体を沈めて、蓋の上で記事を書きました。西さんとともに新しい時代をつくるためのメッセージを発信するんだ、という思いでいっぱいでした。既成の社会に埋没するのでなく、新しい何かに触れて、それを広く伝えたいという気持ちでした。ですから私は、西さんから声をかけられたことは人生の転機だったと思います。》(同pp.214-215)

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2009.01.06

▽天才棋士が見た何もないところ

大崎善生『聖の青春』(講談社)


難病と闘いながら、29年の短い生涯を生き抜いた天才棋士・村山聖の伝記。

《村山は旅立った。どこからどういうルートで向かったのか大阪から函館に着くまでに、6日間を費やしたという。そして、約束通りに、森の部屋に電話がかかってきた。
「森先生。いま北海道にいます」
「無事についたんか」
「はい」
「どうや、そっちは」
「北海道って、花ばかりが咲いていて、何もないところなんですね」
電話の向こうで村山は、とても晴れがましい声で言った。
 それでいいんやと、口には出さなかったが森は思った。それを知るために旅があるんだ。》 (pp.161-162)

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2009.01.03

▽『仁義なき戦い』をつくった男たち

山根貞男x米原尚志『『仁義なき戦い』をつくった男たち―深作欣二と笠原和夫』(日本放送出版協会)


『仁義なき戦い』で初めて深作欣二と組んだカメラマン、吉田貞次の言葉。

《僕はそれまで深作さんの作品を何本か見てきて「動」の多い演出だなと思ってました。深作さんの作品にお客が入らないのは、「動」を活かす「静」が欠けているからではないかと僕なりに考えていたわけです。だから『仁義なき戦い』で初めて組むことになったとき、そこに気をつければ深作さんの映画はもっと面白くなると思いました。だから、あの作品では、ホームドラマみたいなところは、普通の作品以上に、これはもう時代劇みたいにピチッとした絵を作っています。》(p.116-117)

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▽『仁義なき戦い』ができるまで

笠原和夫『昭和の劇―映画脚本家』(太田出版)

『昭和の劇―映画脚本家』(太田出版)は、映画脚本家の笠原和夫が、インタビュー形式で自作について語っている。特に、代表作の『仁義なき戦い』の脚本制作の舞台裏を語った「『仁義なき戦い』の三〇〇日」は、一読に値する。

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2009.01.02

▽マイクロソフトの強さの秘密

フレッド・ムーディー『わたしは電子の歌をうたう―マイクロソフトがマルチメディアに挑んだ1年』(広瀬順弘訳、早川書房)


ちょっと古い本です。内容は、米マイクロソフトが1995年初頭に発売したCD-ROM版百科事典『エクスプロラペディア』(コードネームは『セン ダック』です)の、2年におよぶ開発プロジェクトを、ジャーナリストのフレッド・ムーディー(Fred Moody)が綴ったもの。

ぶっちゃけて言うと、開発にともなう混乱の様子をだらだらと記述しただけの冗長な感じのする本です。暇つぶしに読むにしても、非常にストレスフルな内容なので、あまりお薦めできません。お薦めしない本なので、簡単に肝となる部分だけを紹介しちゃいます。

この『エクスプロラペディア』(コードネームは『センダック』)の開発に混乱が生じた、そもそもの原因は、マイクロソフトの幹部たちにあります。開 発チーム自身がたてた1992年12月の時点の見通しでは、「発売時期を1995年2月」と設定していました。それが、マイクロソフトの経営陣によって、 半年早い1994年9月に設定させられてしまいます。その結果、開発のスケジュールは、窮屈なものとなり、チームには不協和音が生じ、それからずっと混沌 した状態が続きます。

案の定と言うべきでしょうか、結局、開発は予定よりも遅れます。そして、新たに設定された発売時期は、1995年1月……。そのことを知った著者の感想は、以下のようなものでした。

《そのとき私の頭に浮かんだのは、それはまさに、一九九二年一二月にジェイリーン・ライバークが最初に作った制作計画で『センダック』の出荷期日に 決められていた日だということだった。ふいに私は、目のくらむような光に包まれたように感じて、驚きに震えながら立ち上がり、外へ出た。……私は足を止 め、驚異の念に打たれて、ずらりと並ぶ窓のかなた"怒りのゲイツ"の御座すところを見上げた》

このことは何を意味するか?

《『エクスプロラペディア』とその製作過程を振り返って、私は、いまようやく気づいた。ビル・ゲイツや彼の部下の管理職たちが実現不可能な目標や基 準を設定したのは、巧妙な策略だったのだ。『センダック』のスケジュールを理不尽なまでに短縮することによって、かれらは、プロジェクトが成功した場合で も、担当者たちがそれを失敗とみなすように仕向けた。……部下に勝利を収める手段を与える一方で、彼は、部下がその勝利を敗北とみなすように仕向けた。マ イクロソフト社の社員は、栄誉に安住するわけにはいかない。それどころか、敗北の汚名をそそぐために、ただちに次の企画に飛び込んでいくのだ。》

……。言葉がありませんね。マイクロソフトのプログラマーと言えば、それは能力の高い優秀な集団でしょう。その優秀なプログラマーたちが、自らの能 力から推測して設定した開発スケジュールのままだったら、彼らには達成感や満足感しか残りません。しかし、マイクロソフトの幹部たちは、あえて無理なスケ ジュールを要求します。

結果として、もし仮にプログラマー自身の推定通りのスケジュールで発売されたとしても、彼らには「目標を達成できなかった」という無力感が残るだけ です。しかし、マイクロソフトという会社は、当初の見通しのスケジュールで製品を販売することができます。なんという会社でしょう。これがマイクロソフト という会社の強みということが出来ます。

私は、この本を十年くらい前に読みました。その時「コンピュータ業界とは、かように面白いものか」と感じたもので、「もう少し、この業界を見てみよ う」と思いました。また、内容とはあまり関係が無いのですが、『わたしは電子の歌をうたう』というタイトルも、妙に惹かれるものがありました(原題は"I Sing the Body Electronic")。

『わたしは電子の歌をうたう』を読んで十年ほどたった2007年の秋に、ボーカロイド『初音ミク』が登場し、一大ムーブメントを巻き起こしました。 私は、「ああ、このタイトルは、『初音ミク』の登場を予言していたのかも」と思うとともに、コンピュータ業界の一つの画期を見届けたような気がしましたね。

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2009.01.01

▽落合が語るコーチング術

落合博満『コーチング 言葉と信念の魔術』(ダイヤモンド社)


2006年に、落合博満が中日ドラゴンズの監督になって以来、その手腕には注目が集まってきましたが、本書は、監督になるずっと前の2001年に出版された本です。

《目立つ長所があり、欠点がさほど仕事や人間関係に影響しないものであれば、その長所をどんどん伸ばしてやればいい。それが自分の長所であるという 自覚を持てば持つほど、仕事や身のこなしにも自信があふれてくる。そして、そんな人の欠点は、いつしか長所の陰に隠れてしまうことが多い。では、欠点が目 立つ場合はどうするか。最もいけないやり方は、本人にそれが大きな欠点であることを感じさせてしまう指導や言動だ。》(p.103)

のように、落合監督の指導者としての筋の通った考えを知ることができます。

というか、中日の監督になるまでは、単なるわがままな選手だと誤解していました。現役時代は、「練習嫌い」のイメージもありましたが、実際は、そんなことはなくて、他の選手の何倍も練習した努力家だったそうです。落合監督ごめんなさい。

落合博満『コーチング 言葉と信念の魔術』(ダイヤモンド社)
[目次]
第1章 教えるのではなく、学ばせる―押しつけない。ヒントを与える。「自分で育つ」ためのコーチング
 コーチは教えるものではない。見ているだけでいいのだ
 選手が勝手に育つまで、指導者はひたすら我慢すべき ほか
第2章 指導者とは何か―成果主義時代の今まさに必要とされる、真のコーチ像
 長嶋監督もマイナス思考。最初からプラス思考では、良い指導者になれない
 あくまでも主体は選手。相手の感覚でしか物事は進められない ほか
第3章 選手(部下)をダメにする選手言葉の悪送球―上司失格。若き才能や可能性の芽をつむ禁句集
 「そんなことは常識だ」と言う前に、納得できる理由を示せ
 「なんだ、そんなこともわからないのか」は上司の禁句 ほか
第4章 組織の中で、「自分」を生かす術―三冠王はこうして生まれた。結果を出し、自身を高める方法
 “俺流”をアピールすることは、組織から外れることではない
 まず「個人」があって「組織」がある時代。明確な目標設定でモチベーションを持て ほか
第5章 勝ち続けるために、自分自身を鍛えろ!―仕事のプロとしての自覚と自信を手に入れるための「思考」
 勝負を急ぐな。避けられるリスクを負うな
 誰のためにやるのか。余分なプレッシャーを背負う必要はない ほか

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