2009.01.07

▽ジョブズが語る自分の居場所

『スティーブ・ジョブズ-偶像復活』(東洋経済新報社)

アップルコンピュータを創ったスティーブ・ジョブズの第二幕。アメリカ人ジャーナリストが、カリスマの虚像と実像を追った。下記はアップルを追われた時のジョブズの手紙の内容である(p.198)。

《僕が得意なのは、才能のある人材を集め、何かを作ることです。アップルの方針をどうこう言うつもりはありません。ただ、僕自身は、何か作っていたいのです。僕が何かを作る場所がアップルにないのなら、過去、2回もしたことをもう1度するだけです。自分の居場所を自分で作るんです。アップル創業のとき、ガレージでしたこともそうでしたし、Macをはじめたときも、いわばガレージで同じことをしたようなものでした。》

ちなみにジョブズが、ペプシ・コーラの辣腕経営者ジョン・スカリーを口説いた時の言葉は……

《スカリーの著書によれば、彼がアップルの誘いを断れないと自覚したのは、ある日マンハッタンのビルの屋上に立ちハドソン川を眺めながら、ジョブズが振り返りこうたずねた時だった--「あなたは一生砂糖水を売って過ごすつもりですか、それとも世界を変えるチャンスに賭ける気はありませんか?」》(『アップル』上巻p.28)

また、ジョブズがスティーブ・ウォズニャックにコンピュータ・キットの組立・販売会社を設立しようと、説得した時の言葉は……

《すると彼は言ったのです。「いいかい、スティーブ。僕たちは、お金を失うことになるかも知れないけれど、会社をつくるというのは一世一代のことなんだ。”僕たちは会社をつくったことがあるんだ”と人に言えることだけでも、それだけでも誇れることだし、実際のところ価値のあることなんだよ」と。》(『新・電子立国1ソフトウェア帝国の誕生』p.224)

ちなみにアスキーの創業者である西和彦が、古川亨をアスキーに誘った時の言葉は……

《西さんに口説かれまして、大学を中退してアスキー社に入りました。西さんから、「今、入社したら重役で迎えるが、あとからでは保証の限りではない」と言われて入ってみると、アスキー社のオフィスはアパートの四畳半でした。部屋が狭すぎて仕事をする場所がない。そこで、風呂場の空の浴槽に体を沈めて、蓋の上で記事を書きました。西さんとともに新しい時代をつくるためのメッセージを発信するんだ、という思いでいっぱいでした。既成の社会に埋没するのでなく、新しい何かに触れて、それを広く伝えたいという気持ちでした。ですから私は、西さんから声をかけられたことは人生の転機だったと思います。》(同pp.214-215)


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