2009.01.02

▽マイクロソフトの強さの秘密

フレッド・ムーディー『わたしは電子の歌をうたう―マイクロソフトがマルチメディアに挑んだ1年』(広瀬順弘訳、早川書房)


ちょっと古い本です。内容は、米マイクロソフトが1995年初頭に発売したCD-ROM版百科事典『エクスプロラペディア』(コードネームは『セン ダック』です)の、2年におよぶ開発プロジェクトを、ジャーナリストのフレッド・ムーディー(Fred Moody)が綴ったもの。

ぶっちゃけて言うと、開発にともなう混乱の様子をだらだらと記述しただけの冗長な感じのする本です。暇つぶしに読むにしても、非常にストレスフルな内容なので、あまりお薦めできません。お薦めしない本なので、簡単に肝となる部分だけを紹介しちゃいます。

この『エクスプロラペディア』(コードネームは『センダック』)の開発に混乱が生じた、そもそもの原因は、マイクロソフトの幹部たちにあります。開 発チーム自身がたてた1992年12月の時点の見通しでは、「発売時期を1995年2月」と設定していました。それが、マイクロソフトの経営陣によって、 半年早い1994年9月に設定させられてしまいます。その結果、開発のスケジュールは、窮屈なものとなり、チームには不協和音が生じ、それからずっと混沌 した状態が続きます。

案の定と言うべきでしょうか、結局、開発は予定よりも遅れます。そして、新たに設定された発売時期は、1995年1月……。そのことを知った著者の感想は、以下のようなものでした。

《そのとき私の頭に浮かんだのは、それはまさに、一九九二年一二月にジェイリーン・ライバークが最初に作った制作計画で『センダック』の出荷期日に 決められていた日だということだった。ふいに私は、目のくらむような光に包まれたように感じて、驚きに震えながら立ち上がり、外へ出た。……私は足を止 め、驚異の念に打たれて、ずらりと並ぶ窓のかなた"怒りのゲイツ"の御座すところを見上げた》

このことは何を意味するか?

《『エクスプロラペディア』とその製作過程を振り返って、私は、いまようやく気づいた。ビル・ゲイツや彼の部下の管理職たちが実現不可能な目標や基 準を設定したのは、巧妙な策略だったのだ。『センダック』のスケジュールを理不尽なまでに短縮することによって、かれらは、プロジェクトが成功した場合で も、担当者たちがそれを失敗とみなすように仕向けた。……部下に勝利を収める手段を与える一方で、彼は、部下がその勝利を敗北とみなすように仕向けた。マ イクロソフト社の社員は、栄誉に安住するわけにはいかない。それどころか、敗北の汚名をそそぐために、ただちに次の企画に飛び込んでいくのだ。》

……。言葉がありませんね。マイクロソフトのプログラマーと言えば、それは能力の高い優秀な集団でしょう。その優秀なプログラマーたちが、自らの能 力から推測して設定した開発スケジュールのままだったら、彼らには達成感や満足感しか残りません。しかし、マイクロソフトの幹部たちは、あえて無理なスケ ジュールを要求します。

結果として、もし仮にプログラマー自身の推定通りのスケジュールで発売されたとしても、彼らには「目標を達成できなかった」という無力感が残るだけ です。しかし、マイクロソフトという会社は、当初の見通しのスケジュールで製品を販売することができます。なんという会社でしょう。これがマイクロソフト という会社の強みということが出来ます。

私は、この本を十年くらい前に読みました。その時「コンピュータ業界とは、かように面白いものか」と感じたもので、「もう少し、この業界を見てみよ う」と思いました。また、内容とはあまり関係が無いのですが、『わたしは電子の歌をうたう』というタイトルも、妙に惹かれるものがありました(原題は"I Sing the Body Electronic")。

『わたしは電子の歌をうたう』を読んで十年ほどたった2007年の秋に、ボーカロイド『初音ミク』が登場し、一大ムーブメントを巻き起こしました。 私は、「ああ、このタイトルは、『初音ミク』の登場を予言していたのかも」と思うとともに、コンピュータ業界の一つの画期を見届けたような気がしましたね。


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