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2009年7月

2009.07.31

▽街歩きの効用とは?

堤清二x三浦展『無印ニッポン―20世紀消費社会の終焉』(中公新書)


元セゾン・グループ代表の堤清二と『下流社会』などで知られる三浦展の対談集。ちょっと散漫な上に、内容的には、それほど目新しい事はないが、二人が街歩きの効用を語る部分は興味深い。

《堤◎東京でも街を歩いていると、向こうから情報あるいはメッセージを送ってくる。あれっ、と思うことがあるわけですよ。最近では、いま変わり始めている消費、そして社会、これは並大抵な変わり方ではないぞという感じがするの。空気みたいな、風みたいな何かが話しかけてくる。新宿、渋谷、浅草なんかは、そういった意味での話しかけが多い街です。
三浦◎最近はどのへんをお歩きになっているんですか。
堤◎そうですね。代官山、大久保。神楽坂、高円寺なんかも、最近はかなり変わってる。》(p.116)

《三浦◎わたしの場合は渋谷にずっといたということで、暗黙知みたいにして学んだのでしょうね。パルコを辞める頃は、次に何が流行るか、だいたいわかりました。公園通りで定点観潮をやっていて、ちょっといままでと違って輝いているものを見つけ、いいなと思って写真を撮ると、その撮ったものが翌月に流行るんです。パルコを辞める頃にラルフ・ローレンの輸入物の靴下を買ったんです。渋谷パルコから山手線の方に降りて行ったところにあった店で。これがあんまりぴちっとしてなくて、ちょっとゆるゆるしている。一説によると、それがルーズソックスの始まりなんです。当時はクシュクシュソックスと言われていましたが、それを買って履いていたんです。だから、ルーズソックスを最初に履いたのは俺だ、と(笑)。》(p.117)

[目次]
1 アメリカ型大衆消費社会の終わり
2 戦後日本とアメリカ
3 無印ニッポン
4 日本のこれから

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2009.07.20

▽2011年に新聞・テレビ消滅の根拠は……

佐々木俊尚『2011年 新聞・テレビ消滅』(文春新書)


著者の佐々木俊尚は、なぜ『2011年 新聞・テレビ消滅』というタイトルをつけたのか? それは、

《アメリカのメディア業界で起きたことはつねに三年後に日本でも起きる。すべては約束された運命なのだ》(pp.10-11)

とし、アメリカでは2008年に新聞業界の崩壊が始まったから、日本でも、その3年後の2011年に新聞業界の崩壊が始まる。さらに、2011年には、地上波デジタルへの完全移行と、情報通信法の施行により、いわゆる電波利権が溶解する、と、やや2011年という年を新聞・テレビの崩壊の年と断定するには、根拠が薄いが、それでもマス・メディアの衰退は、インターネットの普及によって不可避と言える。

著者は、グーグルの及川卓也の言葉を引いて、メディア産業を「コンテンツ」、「コンテナ」、「コンベヤ」の三つの層からなるとし、マス・メディアの時代から、インターネットの時代へと、それぞれの層の担い手が変化することをあげて、メディア業界の変化を説明していく。

32ページには、新聞のケースとして
《コンテンツ=新聞記事、コンテナ=新聞紙面、コンベヤ=販売店》
とあげられている。これが、どのように変化していくか、については、著者のさまざまな考察が本書にあげられている。読者も自分なりに、メディアの将来像を考えてみるきっかけになりうるだろう。

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