2009.10.18

▽ほぼ日刊イトイ新聞ができるまで

糸井重里『ほぼ日刊イトイ新聞の本』 (講談社文庫)

新潮社が発行している季刊誌に『考える人』というのがあります。定価はなんと1400円。

最新号である2009年秋号の特集は、「活字から、ウェブへの……。」という、ここ十年くらいの間に、いろんな雑誌や書籍が取り上げてきたテーマを、まだ、やってるのか!? と、ちょっと驚いてしまうようなものでした。ただ、その「活字から、ウェブへ」の代表的な存在としてインタビューされていたのが、「ほぼ日刊イトイ新聞」を立ち上げた糸井重里でした。

そのインタビューの一部はウェブでも読むことができますが、私が、なるほどと思ったのは、次の一節。

糸井重里ロングインタビュー「ここにいることがうれしい」
http://www.shinchosha.co.jp/kangaeruhito/high/high132.html
《お客さんがたくさん来るか、来ないかという問題では、手招きして呼び寄せる方法ばかりが語られているような気がしますね。手招きする筋肉ばかり発達させても、長続きしないんですよ。たぶんいつかくたびれてくる。》

企業のサイトにしろ、個人のブログにしろ、最近は、アクセス数を伸ばすことを優先しすぎて、結果として、同じネタがぐるぐると繰り返し登場するようになっている気がしています。戦略的には正しいことなのかもしれませんが、中の人が長く続けられることなのか、という点で疑問を感じていました。ですので、この「手招きする筋肉ばかり発達させても、長続きしない」という指摘は、とてもうなずけるものがあります。

そして、糸井重里が、どんな考えで、ほぼ日刊イトイ新聞を開設したのか知りたくなり、『ほぼ日刊イトイ新聞の本』を読んでみました。以下は、その概略です。

1990年代の半ばから、長引く不況やマスメディアの構造転換によって、広告のクリエイティブな世界にもダンピングの波が押し寄せてきて、仕事にあぶれたクリエイターや、意に沿わない仕事をさせられて、すり減っているクリエイターが増えてきた。糸井自身も将来の展望が見えなくなった中で、クリエイティブが主体となったメディアを作りたい、という気持ちが生じてきたという。

コンテンツも、無料で知り合いに書きたいことを書いてもらう、というスタンスで、「クリエイターのまかないめし」を提供してもらうことを重視していた。「ただでもやりたいことをやりたい」というクリエイターは多く、コンテンツが足りないということは無かったそうだ。また、スポンサーをとることは、自由度が無くなるという理由で拒否し、誹謗・中傷が書き込まれやすいので、掲示板も設置しないで、読者からの声はメールだけに限った、という。

本書が最初に書かれたのが2001年で、2004年に文庫化されるにあたり、第8章が追加されたが、この時点でも、「ほぼ日」単体では赤字のままで、書籍や手帳などの物販と、糸井自身の仕事の利益で、黒字を達成している状態という。

「考える人」のインタビューのタイトルにある「ここにいることがうれしい」とは、捨て身で始めた「ほぼ日」が存在し続け、こうしてインタビューを受けることができることに対する喜びを表していることがわかりますね。

[目次]
第1章 ぼくが『ほぼ日』をはじめた理由
第2章 とにもかくにもはじまった
第3章 「いま仕事が流行っている」
第4章 『ほぼ日』をはじめて気づいたこと
第5章 もう一度よく考えてみた
第6章 『ほぼ日』に風が吹く
第7章 『ほぼ日』幼年期の終わり
第8章 その後の『ほぼ日』


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