2010.04.24

▽東アジアが読む村上春樹

『東アジアが読む村上春樹』(藤井省三編、若草書房)


東京大学文学部中国文学科による国際共同研究で、村上春樹のアジア各国および日本での受容のされ方や、研究についての論文集。村上春樹という一つのポップ・カルチャーがアジアの国々で、どのように受け入れられていったかを、各国の翻訳・出版事情を交えつつ紹介されていて面白い。それぞれの国についていくつか紹介すると

・韓国
韓国では、386世代が春樹ブームの担い手という。386世代とは、1990年代に30代(3)で、1980年代(8)に大学生で学生運動に参加し、1960年代(6)の生まれである。
《幼少期に「反共」の雰囲気の中で育ち、青年期にまた「新しい社会」を夢見た386世代が巨大な社会変化に直面したとき、ある種の価値観の混乱を経験した。……村上春樹が韓国で受け入れられたのは、まさにこの時期、このような状況下においてであった。》(『韓国における村上春樹の受容とそのコンテクスト』p.15)

・台湾
《戦後の台湾は一時期アメリカから援助を受けており、アメリカ文化にも大きく影響されており、その状況はアメリカ占領下の戦後日本に類似している。そのためでもあろうか、台湾は香港、中国と比較して、村上春樹の作品を早期に受容したのである。》(『台湾人の村上春樹―「文化翻訳」としての村上春樹現象』p.39)

また、「1980年代の台湾市民は日本に関する知識を強烈に求めていた。」(同p.42)という。こうした時代背景のもと、1989年に『ノルウェイの森』の海賊版が出版され、「『ノルウェイの森』の学生運動に関する描写は、1990年の民主化運動に参加して苦い体験を味わった台湾読者の共感を得た。」(同p.46)。ここから、台湾の村上春樹ブームは始まったという。

・香港
香港における村上春樹の紹介には博益という出版社が貢献している。博益版の春樹作品は、誤訳やストーリーの省略という弊害も指摘されているが、それでも積極的に春樹作品の出版を続けた。博益は、テレビや週刊誌で書籍の宣伝を行うとともに、都市の拡大により地下鉄の発達した香港でホワイトカラーの通勤客向けの小型で読みやすい「袋装書」を発行した出版社として知られている。春樹作品についても、テレビや週刊誌で広告を打ち、「袋装書」として出版した。ストーリーの省略は、読者の読みやすさを優先したため、とみられている。(『知識生産の領域と村上春樹の香港における普及』)

・中国
中国においても、計画経済から市場経済への移行という大変動期のさ中に、村上春樹の「作品中のそういった喪失、孤独と失意といった感情が、主に学生や青年である読者層の読書欲求を満たしており、これが村上作品が中国の青年読者の間で広く受け入れられていることの重要な原因の一つ」である。(『中国において村上春樹と大江健三郎を考察する』p.194)

・アメリカ
《しかし、この日に日に上昇する春樹人気にもかかわらず、日本で村上に関する研究書がおびただしい数で刊行されているのとはまったく正反対に、アメリカでは村上についてまともな学術研究書は、ジェイ・ルービンの『ハルキ・ムラカミと言葉の音楽』とマイケル・シーツの『村上春樹・・現代日本文化における模擬性』およびリベカ・サターの『日本化するモダニティー 日本とアメリカの狭間にいる村上春樹』以外ほとんど見当たらないというのも事実だ。
 もっとも、学術的な研究が少ないかわりに新聞・雑誌での書評としてよく取り上げられる。》(『アメリカの村上・村上のアメリカ―文学翻訳と文化翻訳』pp.288-289)

[目次]
韓国における村上春樹の受容とそのコンテクスト
台湾人の村上春樹―「文化翻訳」としての村上春樹現象
知識生産の領域と村上春樹の香港における普及
文学翻訳と翻訳文学―中国大陸における村上文学の翻訳と受容をめぐって
中国版『ダンス・ダンス・ダンス』の版本研究―村上春樹の翻訳における受容と変容
中国において村上春樹と大江健三郎を考察する
繰言あるいは逆写―シンガポールの村上春樹現象に関して
マレーシアにおける村上文学の受容―中国語メディアを中心とする考察
アメリカの村上・村上のアメリカ―文学翻訳と文化翻訳
『海辺のカフカ』は日本でどう読まれたか―カフカ少年と『少年カフカ』
100%の村上春樹に出会う
闘士としての村上春樹―東アジアで充分に重要視されていない村上文学の東アジア的視点


|

書評2010年」カテゴリの記事