2010.05.04

▽アニメ作家としての手塚治虫

津堅信之『アニメ作家としての手塚治虫 その軌跡と本質』(NTT出版)


手塚治虫が日本のTVアニメの制作環境を劣悪なものにした、という批判がある。その根拠として、手塚の設立した虫プロダクションが、日本初の国産TVアニメ『鉄腕アトム』を、一本五十五万円という破格の低料金で引き受けた、というエピソードが繰り返し語られてきた。しかし、本書の著者は、この通説を、関係者へのインタビューなどの綿密な調査によって覆す。

まず、虫プロが引き受けた一本五十五万円という価格は、確かに当時のアニメ制作に必要と考えられていた二百五十万円からみれば、格安だったといえよう。しかし、当時の他のTV番組の制作費と比べれば、決して安いものではなく、むしろ同等か若干高いくらいであった。

また実際には、代理店が裏では百万円を上乗せした百五十五万円を払っていた。そして、値上げ交渉も継続して行われていた。虫プロの営業担当者だった須藤将三は、次のように証言している。

《もちろん、経理上は最初から百五十五万円で処理していました。その後も値上げ交渉をしていって、『アトム』は放映された四年間で、最終的には一本三百万円を超えるまでになったと思います。》(p.129)

こうした調査を踏まえて著者は次のように結論づけている。

《それでも、今日までアニメーターの給与水準が著しく低く抑えられてしまっているのは、『アトム』以降に新規参入してきたプロダクションの経営努力の有無や度合いにも、その要因を求めるべきではないのか。また、当初は版権収入を要求しなかった放送局や出版社が、次第にそれらの権利を要求しはじめ、アニメ制作会社の収入が相対的に低くなってきたことも遠因として挙げるべきであり、これは虫プロには直接的な責任はない。》(p.133)

[目次]
第1章 アニメへの開眼 -手塚治虫の出発点
1-1 ディズニー映画への傾倒
----誕生と幼少期
----少年期に見ていたアニメーション
----アニメーションの「自主制作」
1-2 『桃太郎 海の神兵』の衝撃
1-3 アニメーションの道へ
----アニメーションスタジオ訪問
----ディズニー再び
----日本アニメーション作家協会での印象
----アニメを作るために漫画家になった!?

第2章 虫プロ設立まで
2-1 東映動画での顛末
2-2 虫プロ設立の経緯
2-3 第一作『ある街角の物語』

第3章 『鉄腕アトム』の背景
3-1 立案から放映前後
----手塚治虫ライン
----虫プロ・萬年社ライン
----東映動画ライン
3-2 制作費に関する異聞
----諸説存在する制作費の数字
----虫プロの経営努力

第4章 実験アニメーションの成果
4-1 手塚の実験アニメーションの系譜
4-2 『JUMPING』の飛躍
4-3 アニメラマ成立の背景
----第一作『千夜一夜物語』
----最初で最後の前衛的長編アニメーション『哀しみのベラドンナ』
----アニメラマの評価
4-4 手塚治虫の「実験」

第5章 手塚アニメの語られ方
5-1 『鉄腕アトム』は是か非か
5-2 批評家はなぜ手塚を避けたのか

第6章 大衆か実験か
6-1 『アトム』がもたらしたもの
----animeの発明
----漫画を原作にするということ
----人材の育成
6-2 大衆か実験か
6-3 手塚治虫の作家性

第7章 手塚アニメとは何だったのか
7-1 手塚アニメの動機
----アニメーション制作の動機は何だったのか
----テレビアニメ『鉄腕アトム』とは何だったのか
----虫プロダックションとは何だったのか
7-2 関係者による「手塚アニメとは何だったのか」
7-3 手塚アニメと「日本のアニメ」


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