2010.08.12

▽『人生で大切なことは全部フジテレビで学んだ』

吉田正樹『人生で大切なことは全部フジテレビで学んだ ~『笑う犬』プロデューサーの履歴書』(キネマ旬報社)

著者は、フジテレビでバラエティ番組のAD、ディレクター、プロデューサーとして活躍してきた。

携わった主な番組は、ADとして、たけし、さんま、伸介をスターにした『オレたちひょうきん族』、タモリの『笑っていいとも』など1980年代を代表するバラエティ番組。ディレクターとしては、ダウンタウンとウッチャンナンチャンを排出した『夢で逢えたら』や、ウッチャンナンチャンをブレイクさせた『誰かがやらねば』、『やるならやらねば』を担当した。そして、プロデューサーとして、ウッチャンナンチャンの内村光良を再ブレイクさせた『笑う犬』シリーズと、フジテレビのバラエティ番組の屋台骨の一つを作り上げてきたと言っても過言ではないだろう。

本書の叙述の中心は、ディレクターになって以降、ダウンタウンやウッチャンナンチャンを起用してからのフジテレビのバラエティ番組の舞台裏だが、この1990年代は、フジテレビが1980年代の黄金期に誇ってきた「視聴率三冠王」の座を、1994年に日本テレビに奪われるなど、ある意味、冬の時代にあったとも言える。

著者は、明示的には語っていないものの、1990年代の低迷の芽は、1908年代の「オレたちひょうきん族」にあったとみて間違いないだろう。

《制作者の視点から見ると、『ひょうきん族』は極めて特異な番組と言わざるを得ません。八年半も続いたのに、直接的には誰一人として後継者を育てなかったからです。僕をはじめ『ひょうきん族』出身だと公言するテレビマンは結構いるのに、あの番組でADからディレクターに昇格した人は、実は一人もいないのです。》(p.57))

[目次]
序章 「逸脱」への旅立ち
第1章 日々是鬱屈也。
第2章 神の配剤-『夢で逢えたら』
第3章 立たされたバッターボックス
第4章 志、半ばにて
第5章 幼年期の終わり
第6章 裸一貫からの再出発-『笑う犬』の挑戦
第7章 卵を孵す者
第8章 僕がフジテレビを辞めた理由


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