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2010年11月

2010.11.24

▽『宣戦布告』

麻生幾『加筆完全版 宣戦布告 上』(講談社文庫)

麻生幾『加筆完全版 宣戦布告 下』(講談社文庫)

本書は、1996年に北朝鮮のスパイが、韓国内に進入した「江陵浸透事件」をモデルに、同じような事件が日本で起きたらどうなるかを描いたポリティカル・フィクションです。

平時ならば、本書で描かれているような日本政府のグダグダぶりを笑っていられますが、昨今の朝鮮半島情勢を鑑みるに、背筋が寒くなる思いです。

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2010.11.22

▽石平はなぜ「中国」を捨てたのか

石平『なぜ「中国」を捨てたのか』(WAC BUNKO)

石平は、「いしだいら」ではなく、「せき・へい」と読む。著者は、中国四川省成都生まれの中国人だったが、2007年に帰化し日本人となった。1988年に来日し、それ以来、ずっと日本で暮らしている石平は、次第に中国にわき起こる反日感情に対して疑問を抱くようになった。

《八〇年代の私たちは、日本に対してむしろ好感と親しみをもっていた。それなのに、その十年後の九〇年代後半になると、若者たちと多数の中国人民は、一転して激しい反日感情の虜となっていたのである。
 それは一体なぜなのか。》(p.72)

中国人の間に澎湃とわき上がる、文化大革命にも似た熱狂的な反日感情の背景には、1989年の天安門事件によって信頼が地に墜ちた中国共産党が、国外に敵を作ることで、求心力を高めようとする狙いがあった。そして、そのターゲットとして日本が選ばれた、と著者は分析し、その「反日」と闘うことを決意した。著者が中国を捨てた理由は、ここにあった。

中国における反日デモの様子は、マスメディアなどを通じて知ることができるが、本書では、生の中国人の語る「反日」の言葉が綴られており、衝撃を受ける。中国共産党による、ある種の洗脳の結果だろうとは思うものの、隣の大国とのつきあい方を、もっともっと工夫しなければならないと考えさせられる一冊である。

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2010.11.20

▽昭和45年11月25日

中川右介『昭和45年11月25日―三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』(幻冬舎新書)


昭和45年11月25日と聞いてピンと来る人もいるでしょうが、私のようにまったくピンと来ない人もいるかもしれません(笑)。

そう、昭和45年11月25日とは、三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊駐屯地に盾の会のメンバーとともに侵入し、自衛隊員にクーデターを呼びかけた後、自決した日……だそうです。

若い頃の私は、この日については、村上春樹の小説『羊をめぐる冒険』を通して、テレビに映る三島由紀夫の声がよく聞こえなかったことくらいしか知りませんでした(もちろん、その後、いろいろと三島由紀夫に関する本は読んでいますが)。

本書は、その昭和45年11月25日について書かれた文章を再構成して、あの事件が、どのように受け止められたか、を再現したものです。事件そのものは、すでに多くの記録が残されているのですが、本書では、マスコミ、文壇、演劇・映画界、政界の人々が、あの事件をどう受けとめたのか中心に、百数十の視点から時系列に再構築していて、良質なドキュメンタリーとして読むことができます。上述した村上春樹の小説も出てくるなど、なかなか芸が細かいですね。

余談ですが、まだ携帯電話もインターネットも無い時代なので、「明日何時に電話するのでいてください」と三島に頼まれたり、不在の三島に連絡がとれなくて困った編集者がいたり、ラジオで知ったニュースを確認したくてテレビを探したり、といった当時では当たり前のことなんですが、いまではいちいち説明しないと若い人には理解できないことが書かれていて時代の変化も感じてしまいます。

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2010.11.19

▽落合博満伝説

▼落合福嗣『フクシ伝説 うちのとーちゃんは三冠王だぞ!』(集英社)

惜しくもプロ野球日本シリーズで優勝を逃した中日ドラゴンズの監督である落合博満ほど、マスコミで伝えられるイメージと実態がかけ離れた人物もいないだろう。

断片的な情報は漏れ伝わっていたが、息子である落合福嗣の著書『フクシ伝説』では、衝撃の事実が語られている。東洋大学の野球部に入部した落合は、突然なにもかも嫌になって、寮から失踪。二週間ほど、東京都内をホームレスとしてさまよっていたという。

《夜は知らないおじさんの家に泊まったこともあるし、ある組織の人に世話になったこともあったな。このあたりはさすがに話せんよ(笑)。で、さっき言ったように公園に寝泊まりした日もあったんだ。……そういうおせっかいをやいてくれる一方で、オレに何があったか深くは聞いてこないんだ。逃避行中、オレは何人にも世話になったが、誰ひとりとして、"踏み込んできた"人はいなかった。》(p.92)

深い、深すぎる(笑)。この後、秋田に帰って日雇いをしていた落合は、ふたたび東芝府中で期間工として働きながら、社会人野球で頭角をあらわし、野球人生の再スタートをきった。

▼テリー伊藤『なぜ日本人は落合博満が嫌いか?』(角川oneテーマ21)

テリー伊藤の『なぜ日本人は落合博満が嫌いか?』では、この再スタートがどれだけ大変なことなのかが強調されている。

《「でも、勝負の世界なんだから、実力がある者は、いずれちゃんとそうやって頭角を現すものだよ」
 そんなことを思っている人は、おそらくプロアマ含めて野球界には1人もいない。実力があってもつぶれる選手はいくらでもいるし、実力があってもつぶされる選手はいくらでもいる。
 こうして落合博満という野球人の序章を見ると、その後の落合があるほうが不思議なくらいなのだ。》(pp.142-143)

とはいえ、落合は、現役時代に三冠王を三度とるなど選手として活躍しただけでなく、中日の監督就任後は、リーグ優勝三回、日本シリーズ出場四回、日本一一回と監督としても有能なことを示した。

▼今中慎二『中日ドラゴンズ論』(ベスト新書)

著者の今中慎二は、中日の投手として選手時代の落合をよく知っており、また、解説者として落合の監督の手腕を見てきた。星野仙一をはじめとする歴代監督と、落合を比較しながら、中日ドラゴンズの強さについて考察している。もし中日が日本一になっていたら、本書は、もっと売れていたことでしょうに。

[参考]
▽落合が語るコーチング術
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2009/01/post-c1b2.html

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