2010.12.26

▽『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』が教えてくれたこと

辻野晃一郎『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』(新潮社)

著者は、ソニーでパソコンのVAIO、コクーン、スゴ録、ウォークマンなどを手がけ、その後、グーグルの日本法人社長を務めた辻野晃一郎。この2社での体験、留学記、ソニー退社後の起業の話などが、まとめられている。特に暴露本的な話題は無いが、それでも、ソニーという会社の負の部分が、少なからず明らかにされており、興味深い。

まず、ソニー入社後の著者は、厚木の情報処理研究所で、後に著者の命運に大きな影響を与える久夛良木健と出会っている。

イリノイ大学留学後の1997年に、著者は、VAIOのデスクトップパソコンの担当を命じられる。当時のソニーは、1995年に社長が大賀典雄から出井伸之へ代わっており、銀パソブームを起こしたノートブック「VAIO505」やカメラ付きVAIO「C1」が好評を博していた。

辻野がラインナップを見直したデスクトップVAIOの最初のモデルが、1998年6月に発売されたマイクロ・タワー型Sシリーズで、これが予想以上のヒットとなった。

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マイクロタワー型パーソナルコンピューター “VAIO”『PCV-S600TV7』(左)『PCV-S500V5』(右)

さらに、液晶ディスプレイを採用したVAIO Lシリーズ(写真右下)もロングセラーとなった。

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これらのヒットにより、デスクトップPCの事業は二年目に単年度黒字に転じ、10%の利益率を上げたという。そして、2001年に、辻野は、テレビのグループへ移動となり、コクーンとスゴ録を立ち上げることになる。

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<コクーン>チャンネルサーバー『CSV-E77』

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『スゴ録』DVDレコーダー 「RDR-HX8」

2003年のクリスマス商戦に向けて発売された「スゴ録」だが、社内から、思わぬ伏兵の攻撃にさらされることになる。当時、副社長としてソニーに君臨していた久夛良木の出身母体であったプレイステーションのグループがDVDレコーダー「PSX」をぶつけて来たのだ。

《年末商戦はスゴ録の圧勝であった。しかし、私が期待したような展開にはならなかった。ホーム・ストレージ・カンパニーはPSX側のカンパニーに統合されることになり、それをもって私は年明けの二〇〇四年一月一日付でお役御免となったのである。》(p.151)

しばらく無任所となっていた辻野だが、紆余曲折を経てウォークマンの開発を担当することになる。2005年秋には、ウォークマンAシリーズの発売と、専用ソフト「コネクト・プレイヤー」の発表にこぎつけた。

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ウォークマンAシリーズ

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コネクトプレーヤー

しかし、このウォークマンとコネクトプレーヤーの評判は芳しくなく、2006年春に、辻野のいたカンパニーは解体されてしまう。これを機に、辻野は、ソニーを退社する。

まず、コネクトプレーヤーの評判が悪かった点は、アプリケーション・ソフトの使い勝手が悪かったこと。これは、ソニーの致命的な欠点だったことがわかります。また、ウォークマンAシリーズもHDDバージョンの製品(写真左)は「石けん箱みたい」と馬鹿にされたと記憶しています。

しかし、フラッシュ・メモリー型のウォークマン(写真右)は、洗練されたデザインが評価されていたと思います。というか、私は、未だにこれを愛用しています(笑)。正直なところ、「あの路線を続ければ良かったのに」と今でも思っています。

また、当時、個人ブログを使ったプロモーションがやらせではないか? と騒がれた点については、本書には何も記述はありませんでした。否定しないどころか、何も触れていない、というのは、「まあ、やっていたんだろうな」と思わざるをえませんね。

[参考]
▽iPodは何を変えたのか? を振り返る
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2010/02/ipod-7562.html
ソニーエリクソンの挑戦
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/blog/cat21506071/index.html


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