2011.03.25

▽大震災と原発と新聞と

佐野眞一『巨怪伝―正力松太郎と影武者たちの一世紀』(文藝春秋)

「大震災」と「原発」という二つの言葉によって、私の記憶の底から浮かび上がってきたのが本書である。

『巨怪伝』とは、ノンフィクション作家の佐野眞一が、読売新聞の社主として君臨した正力松太郎と、その影に埋もれていた人々にスポットを当てた伝記である。

まず「大震災」。1923年に関東大震災が起きたとき、正力は特高を所管する、警視庁官房主事をつとめていた。この時、さまざまなデマが飛び交ったが、その流布に、警察も一役かったのではないかという疑いがもたれている。

《正力は少なくとも、九月一日深夜までは、朝鮮人暴動説を信じていた。いや、信じていたばかりではなく、その情報を新聞記者を通じて意図的に流していた。》(p.73)

こうしたデマを警察や軍隊は治安出動の口実に使おうとしたようだ。また、関東大震災によって、東京の新聞社も大きな打撃を受けた。後に、正力が社主となった読売新聞も復旧には2ヶ月半もかかったという。

《震災前に十三万部あった部数は、大震災を転機として東京朝日、東京日日という大阪系二紙に読者を蚕食され、五万部台にまで落ち込んだ。》(p.117)

東京日日とは、毎日新聞系列の新聞である。一方、正力は、虎ノ門事件という皇太子に対するテロ未遂事件を機に警視庁を懲戒免職となり、読売新聞の社主におさまる。部数拡大を至上命題とし、また、読売を冠したプロ野球球団やレジャー施設を作り出し、メディアと娯楽ビジネスの帝国を作り上げる。

さらに国会議員となった正力は、鳩山一郎の次の首相の座を狙うようになり、原子力の平和利用を主張するようになる。1953年にニューヨーク・ジャイアンツを招聘し、その際に、アイゼンハワー大統領による原子力の平和利用に関するメッセージが公開された。

《読売は、これ以降、すさまじいばかりの原子力平和利用キャンペーンに乗り出していった。そこにはアメリカの国際的核戦略と、ポスト鳩山を目指す正力の政治的野心とが、露骨なまでに重なり合っていた。》(pp.522-523)

「核燃料」を「ガイ燃料」と読み間違えるなど、原子力に関する知識をまったく持たない正力が原子力にこだわったのは、それが「空前絶後」のエネルギー革命であり、実現させれば政治家としての手腕に箔がつくから、という理由にすぎなかったという。

嗚呼――。


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