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2011年6月

2011.06.30

▽『原発・正力・CIA』

有馬哲夫『原発・正力・CIA―機密文書で読む昭和裏面史』(新潮新書)

「原子力の父」正力松太郎については、佐野眞一の『巨怪伝』を紹介したことがあります。

▽大震災と原発と新聞と
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2011/03/post-8445.html

『巨怪伝』が書かれた頃は、まだCIAの秘密文書が公開されていなかったのですが、本書『原発・正力・CIA』の著者、有馬哲夫氏は、それらを入手して、正力が「ポダム」、「ポジャクポット」というコードネームで呼ばれたCIAのスパイだったことを明らかにします。

読売新聞の社主であり、反共産主義者だった正力は、日本中にマイクロ波通信網を張り巡らせて、テレビやラジオだけでなく、さまざまな通信を行う構想を実現しようとしていた。その一環として1953年に日本初の民放テレビ局として「日本テレビ放送網」が設立された。しかし、このマイクロ構想は、当時の政局や電電公社の反対などにより実現しなかった。

1954年に第五福竜丸の乗組員が被爆する事故が起きると、日本国内の反米・反原発感情が高まった。政治家としての野心に燃える正力は、原子力の平和利用、つまり原子力発電に飛びついた――。

以前、『財政危機と社会保障』という本を紹介しましたが、

▽日本経済の正体(3)――『財政危機と社会保障』
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2010/10/post-048d.html

その時、公共工事のばら巻きだけでなく、社会保障のばら巻きにも田中角栄が関与していたことを知って少々驚きました。つまり、現在問題となっている日本のお金の使い方を規定したのが田中角栄だったわけですが、新聞やテレビ、あるいは原子力発電という戦後の日本の社会インフラを規定したのが正力だった、と言うことができるわけです。

正力は、結局、総理大臣になるという野望は達成できませんでしたが、田中角栄なみの政治力はあったと言えるのかもしれません。

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2011.06.28

▽『東京考現学図鑑』――関東大震災から復興していく東京の記録

今和次郎、吉田謙吉『東京考現学図鑑』(泉麻人編著、学習研究社)

「考現学」という言葉があります。考古学に対して作られた言葉で、「いま」を研究する学問なのですが、そもそも考現学は、柳田國男に師事して民俗学の研究をしていた今和次郎(こん・わじろう)らによって、1925年に始められました。

1925年というと、1923年に関東大震災が起きた二年後にあたります。

《一昨年の大震災のあった夏、震災以前、しきりに華美に傾いた東京人の風俗を、是非記録にとっておきたく私は考えた。》(p.8)

今は、大震災以前から、東京の風俗を記録したいと考えていたようですが、実際に、活動を始めた理由は、やはり関東大震災によって、いろいろなものが失われたことが大きかったのだと思います。

そして、今年3月に発生した東日本大震災の直前に出版された本書は、今らの仕事に、コラムニストの泉麻人が解説や現在の東京の調査を加えたものなのですが、本書自体は、東日本大震災の起きる前に企画されていたわけで、そのシンクロニシティに驚いてしまいます。

本書によると、震災前の東京でもっとも栄えていた街は銀座だったのですが、震災以後は、新宿へと東京の中心は移っていったそうです。そして、1927年に新宿の紀伊國屋が、書店業に進出した際の記念行事として、今らの仕事を展示する際に「考現学」という言葉を創り出したのだそうです。

本書には、銀座、浅草、新宿、学生街などの街並みや、そこを行き交う普通の人々の服装や生態がスケッチされています。また、浅草の乞食や風俗街の記録などもあって、多角的に、震災後の東京を浮かび上がらせています。

一般的なフィールドワークの手法だけでなく、カフェーへの潜入調査のようなものがあったり、新宿三越で買い物をしているマダムを尾行したりと、調査の手法そのものも楽しく読むことができます。

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▽核兵器と原発と

山田克也『核兵器のしくみ』(講談社新書)

2004年に出版された本書のタイトルは、『核兵器のしくみ』というものですが、内容の半分は、原子力発電について割かれています。つまり、核兵器と原発は不可分の関係にある、と。

もちろん、日本において、原子力発電から、原子爆弾を開発することは、技術的にも政治的にも容易ではないことがわかりますが、では、まったく作れないかというと、そうでも無いような気もします。

たとえば、このまま少子高齢化が進むと、いずれ国防上の問題が生じてきます。老人ばかりの国をどうやって防衛するのかと。その時、抑止力として、費用対効果の高い核兵器を持ちたいという意志が浮上してくるやもしれません。

福島の原発事故以来、「脱原発」が一つのムーブメントとなっていますが、「脱原発」を経済上の問題ととらえる人は、すぐに脱原発は難しいが、数十年後には自然エネルギー(再生可能エネルギー)に置き換わっているんじゃないか、と考えるでしょう。

しかし、「脱原発」を政治上の問題と考える人は、「脱原発」イコール「脱原爆」とみなしているんじゃないかと思ったりもします。

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2011.06.27

▽『わが闘争』がたどった数奇な運命

アントワーヌ・ヴィトキーヌ『ヒトラー『わが闘争』がたどった数奇な運命』(永田千奈訳、 河出書房新社)

前回のエントリーで、日本の「あの戦争」が明確な目標をもたない戦争だったと書きましたが、

▽『あの戦争と日本人』
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2011/06/post-6b6d.html

では、明確な意志と目標を持って「あの戦争」を始めたドイツは、どうだったのでしょうか?

本書は、タイトル通り、ヒトラーの『わが闘争』がどのような運命をたどったのかについて調査したものです。

『わが闘争』は、1923年のミュンヘン一揆によって服役中のヒトラーが、自らの思想について書き綴ったものである。仲間によって推敲され、タイトルも仲間の進めた『わが闘争』にかえられて、1925年に出版された。1926年に第二巻を出版し、さらに1930年に第一巻と第二巻をあわせた改訂版を出すと、これが「ナチスのバイブル」と呼ばれるようになった。

『わが闘争』は、反ユダヤ主義、反マルクス主義、民族主義、武力主義、領土拡張主義などの思想で貫かれていた。著者によると、「こうした傾向は時代の空気としてドイツのみならず、当時にあっては程度の差こそあれ欧州のどの国でも、存在していたのである」(p.43)。

1929年の大恐慌以来、ナチスの党勢は拡大し、それにつれて『わが闘争』の部数は急伸していった。ヒトラーは、法に従って、着実に権力をものにしていった。1933年には、ドイツ共和国の首相に任命される。後にヒトラーは、「一九二四年の時点で、将来首相になれることがわかっていたら、私は『わが闘争』を書かなかっただろう」(p.56)と漏らしたという。

しかし当時のドイツ国内では、『わが闘争』の内容は実行に移されることはないだろう、と受け止められていた。また翻訳版も次々と出版されたが、ヒトラーは、欧州における領土拡大政策が妨害されることをおそれたために、翻訳版からは外交政策に関する章がまるごと削除されたという。しかし、チャーチル、ルーズベルト、ド・ゴール、スターリンは、独自に完全版の翻訳を読んでおり、ヒトラーを警戒していたという。特にチャーチルは、1930年代の早い段階から、ヒトラーを危険視していたという。

本書の第2部は、第二次大戦後もなお日本を含めた世界中で出版され続けている『わが闘争』がどのように受容されているかについて調査している。

本書は、世界で初めて『わが闘争』の軌跡を追った研究書とのことで、ドイツの「あの戦争」に新しい光を当てた傑作と言えそうです。

[目次]
第1部 戦前篇―ナチスのバイブル『わが闘争』
刊行のいきさつ
アドルフ・ヒトラーの思惑
『わが闘争』が総統をつくった
第三帝国の頂点へ
翻訳版の登場
隣国フランスの不安
ドイツの偽装工作、フランスの混乱
第二次世界大戦

第2部 戦後篇―終わりなき『わが闘争』
戦争責任の所在―ドイツ人と『わが闘争』
発禁措置の限界
ドイツの亡霊
アジアからイスラムへ
トルコのベストセラー

おわりに――『わが闘争』が残した七つの教訓

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▽『あの戦争と日本人』

半藤一利『あの戦争と日本人』(文藝春秋)

前回のエントリーで、『幕末史』を紹介しましたが、

▽『幕末史』――攘夷から開国への転換点は?
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2011/06/post-7fe7.html

今回は、同じ著者の『あの戦争と日本人』。本書の主題は、「太平洋戦争」とか、「大東亜戦争」とか言われている「あの戦争」です。

前著と共通している著者の歴史認識は、「あの戦争」を引き起こした「統帥権」、つまり、「政府から独立した軍隊指揮権」(p.23)は、実は、西南戦争直後の明治11年には確立されていたというもの。明治22年に制定された憲法では、それを追認したのだそうです。

もちろん「統帥権」だけが問題ではなく、それを使う軍人の側、あるいは、日中戦争初期において、弱気な軍人を無視して、大衆に迎合して強攻策をとった政治家の側も悪いんですけどね。

いずれにせよ、明確な目標もなく始まり、ゆきあたりばったりで進んだ「あの戦争」は、負けるべくして負けたといえるかもしれません。

[目次]
第一章 幕末史と日本人
第二章 日露戦争と日本人
第三章 日露戦争後と日本人
第四章 統帥権と日本人
第五章 八紘一宇と日本人
第六章 鬼畜米英と日本人
第七章 戦艦大和と日本人
第八章 特攻隊と日本人
第九章 原子爆弾と日本人
第十章 八月十五日と日本人
第十一章 昭和天皇と日本人
新聞と日本人――長い「あとがき」として

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2011.06.26

▽『幕末史』――攘夷から開国への転換点は?

半藤一利『幕末史』(新潮社)

最近の日本の状況は「幕末」になぞらえられることも多いのですが、私は、日本史は疎いので、勉強がてら読んでみました。著者は、祖母の影響からか、いわゆる「薩長史観」には疑念を表明しています。

さて、私の関心は、1853年にペリーが来航して「開国」を飲まされた江戸幕府に対して、「尊皇攘夷」の声がわき上がり、それが「尊皇開国」へと切り替わった転換点はどこだったのか? ということですが……。

割と簡単にわかりました(笑)。

1858年に五ヶ国と調印した修好通称条約で、幕府は五年後、つまり1863年の神戸開港=全面開国を約束します。一方、開国政策に異を唱えたのが、孝明天皇だったのですが、理由は単なる外国人嫌い。さらに薩長などの幕府に不満を持つ勢力が孝明天皇をかついで「尊皇攘夷」は大いに盛り上がります。ここからすったもんだが始まりますが、五年たっても神戸開港を認めなかったために、1865年に外国の軍艦が大阪港に現れ、孝明天皇に神戸開港=「開国」をせまると、あっさり認めてしまいます。当時の世界情勢を考えるとやむを得ない選択だったかと。

ここで「攘夷」は消えて「開国」へと転換し、残ったのが、佐幕か尊皇かという対立だけで、最終的に1868年の戊辰戦争によって幕府は倒れましたが、ほとんど無駄な十五年間だったことがわかります。

さらに、明治維新から、薩長政府の仲間割れであった西南戦争(明治十年)までは、明治政府をどのような体制にするかについて、具体的な案は無かったと著者は指摘していますね。まあ、ゆきあたりばったりだった、と(笑)。

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2011.06.23

▽『完全版 放送禁止作品』――大震災で封印されたものは何か?

『完全版 放送禁止作品』(三才ムック)

起きたことの記録は残りやすいのですが、起きなかったことの記録は、あまり残らない。

東日本大震災が起きた3月11日以降、さまざまな「自粛」によって封印されたテレビ番組、映画、ゲームなどに関する情報を集めたのが『完全版 放送禁止作品』です。

封印ネタ自体は、震災前からある種のブームになっていたのですが、本書の三分の一は、震災や原発事故に配慮した自粛情報を集めており、記録としても読みごたえがあります。

[目次]
■第1章:震災と放送禁止編
・超兵器を生んだ人災のリアリティ『ウルトラセブン』
・封印作品大量発生
・自粛ムードを煽った上映中止映画たち
・お蔵入り 反原発ソング
・モラリストが激怒した『テガミバチ』
・アニメは過剰自粛がお約束
・震災で消えたゲームの行方
・東日本大震災と死、そしてタブーの構造

■第2章:アニメ&特撮編
・『宇宙戦艦ヤマト』新作製作の噂
・大人の漫画に大人の事情あり
・仮面ライダーVSウルトラマン
・人気アニメのスキャンダル『名探偵コナン』
・『美味しんぼ』の封印エピソード

■第3章:ドラマ&バラエティ編
・クレームに屈した弱腰外交官ドラマ
・現実と『相棒』の複雑な関係
・幻の2時間サスペンス!
・禁忌を描いた『禁断の果実』
・『深イイ話』と大量食中毒事件
・BPOも呆れた安易すぎる『イチハチ』

■第4章:映画編
・ハリウッド発 恐怖のリメイク計画
・漫画原作 壮絶レイプ映画アーカイブ
・中国映画タブーと抗日映画

■第5章:ゲーム編
・不謹慎すぎた戦う人間発電所『チェルノブ』
・レベルの高い同人ゲーム『ザ・スーパー忍』
・驚愕の悪趣味作品『香港 '97』
・封印されたあまりに残酷な奥義
・幻に終わったDSのエロゲー
・異常すぎるキャラクターの対戦格闘
・世界13カ国で発禁処分の問題ゲーム

■第6章:放送禁止の構図
・死者を「加工」した冷酷バラエティ番組
・モラル不要の芸能界ビジネス
・民放と広告主の不毛な歴史
・JAROってなんじゃろ?
・歴史的転換点ではなかった『あきそら』
・ラノベで一山当てたい人々
・現実を歌ったアーティストたち

■第7章:アダルト編
・鬼才監督が挑んだAVドキュメンタリー
・見えない圧力に屈した反原発AV
・それは暴行輪姦の一部始終だった…
・消えるAV嬢の真実
・溶融するアダルトメディア

■巻末付録:画像でみる放送禁止CM

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2011.06.22

▽『原子力戦争』

田原総一朗『原子力戦争』(ちくま文庫)

『原子力戦争』は、田原総一朗が1976年に雑誌に連載した小説をベースに、1976年に単行本として出版(1981年に文庫化)されたものの、ながらく絶版になっていたが、福島原発の事故を機に、ちくま文庫から新たに刊行されたものである。

小説のため、主人公である語り手は「関東テレビ」のドキュメンタリー番組のディレクターである「大槻」という人物に設定されているが、これはもちろん田原本人であるのは言うまでもない。「文庫版あとがき」には次のように記されている。

《私は、推進派も反対派も出来得るかぎり取材した。当時、私のような取材の仕方をしたルポルタージュや本は少なかった。推進派か反対派のいずれか一方を取材し、いずれかの立場に立って書かれた例が多かったのである。》(p.341)

そういう意味では本書においては、原発推進派と反対派双方の主張の正しい点やおかしい点、双方の活動の良いところやまずい部分もあまさず公平に描いている。

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2011.06.20

▽『東電帝国』――その失敗の本質

志村嘉一郎『東電帝国その失敗の本質』(文春新書)

本書のあとがきによると、4月1日に執筆が決まり、原稿の締切が4月20日の突貫工事だったという。それでも、内容が、類書の引けをとらないのは、著者が、朝日新聞でながらく電力担当記者をしていたおかげである。

しかも、朝日新聞退社後しばらくして、いわゆる「原子力村」からはじき出されてしまい、研究者としての道を歩んでいたことが、歯に衣着せぬ本書が生まれた伏線となっている。

特に、第二章の「朝日が原発賛成に転向した日」は、原子力村がどのようにマスコミを味方につけていったかが、マスコミの内部からの証言として綴られており、とても興味深い。

また、これまで公に出来なかった事実も本書には盛り込まれている。その中でもとりわけ驚いたのが、中部電力が浜岡原子力発電所の原子炉設計の技術者を採用しようとした時のエピソード。東京大学大学院の原子力工学で博士号を取得した院生を、中部電力は、なんと「三年間の契約社員で」(p.198)採用しようとしたという。

浮き世離れした電力業界の実態を描いた労作である。

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2011.06.19

▽『「失敗学」事件簿』――あの失敗から何を学ぶか

畑村洋太郎『「失敗学」事件簿――あの失敗から何を学ぶか』(小学館)

福島第一原発の事故調査・検証委員会の委員長に就任した畑村洋太郎氏は、「失敗学」の提唱者としても知られています。畑村氏の「失敗学」の本をいくつか読んでみたのですが、「失敗学」の考え方についてではなく、具体的な事例が数多く紹介されていたのが、本書『「失敗学」事件簿』です。

本書は2006年に刊行されたものですから、それ以前に起きた事件しか紹介されていません。しかし、本書を読み進めるうちに、最近起きた災害や事故の多くは、起こるべくして起きたのかもしれない、と思ってしまいます。

いくつかを具体的にあげると、

震災直後にシステム・トラブルを起こしたみずほ銀行については、第2章「みずほはなぜ同じ愚を繰り返すのか」で、畑村氏は「この銀行はまた同じトラブルを起こす」(p.50)という感想を漏らしています。

また、第5章「東北の地震に学ぶ教訓」では、畑村氏が大学三年の時に釜石に海水浴に行った時の体験を記しています。

《海岸よりはるか高い所にある碑には、「ここまで津波が来て皆死んだ。ここより下に家を建てるな」と書かれていた。……このような大惨事の言い伝えや警告にもかかわらず、あちこちの入り江で海岸近くまで人家が下がってきている。》(p.140)

さらに、第2章「東京電力の原子力トラブル隠蔽事件」では、2002年に発覚した、東電の原子力トラブル隠蔽事件の対応について、次のように苦言を呈しています。

《私は東電首脳の総取り替えではなく、社会がその真面目な働きを預託している東電をリバイバルさせることの方が大事だと思う。犯人探しばかりで、現場の技術はいかにあるべきかの議論がほとんど聞かれないのは残念である。このままでは、原発事故の失敗が生かされることはないだろう。》(pp.76-77)

東日本大震災では、比較的揺れの小さかった千葉県の精油所で火災が発生しました。2003年頃にもコンビナートや工場で火災が続発しており(第4章「続発する火災・爆発事故の恐怖」)、その中には地震が原因の火災もありましたが、その教訓は活かされなかったようです。

一方、あれほどの揺れにもかかわらず、東北地方では走行中の27の新幹線が一つも脱線することなく停車しました。本書でも、2004年10月の新潟県中越沖地震で上越新幹線が脱線した事故に触れています。

この事故に対し、畑村氏は、JR東日本が「おこるべき事故」として万全な対策を取った上での脱線であり、「大成功だった」(p.17)と評価しています。畑村氏は、JR東日本は過去の失敗に学んできた、と指摘していますが、それが今回の脱線ゼロにつながった、と言えるでしょう。

[目次]
第1章 JRの脱線事故はなぜ起きたか
第2章 企業の組織構造が起こす「許されない失敗」
第3章 一度は通らねばならない「許される失敗」
第4章 大規模火災事故にみる教訓
第5章 災害・病気から学ぶ失敗学
第6章 失敗のメカニズム
第7章 事故を未然に防ぐために「動態保存」のすすめ

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2011.06.18

▽『Amazonランキングの謎を解く』

服部哲弥『Amazonランキングの謎を解く―確率的な順位付けが教える売上の構造』(DOJIN選書)

Amazonのランキングには関心が高いものの、実際のところ、どのように決められているのだろう? そして、それは、どれくらい正確なものなのだろう? と感じている人も多いでしょう。

本書は、そうした疑問に、数学者としての観察と考察を加えています。Amazonの内部情報を暴露したとか、ランキング・プログラムを解析したとかいうわけではなく、あくまでもランキングを観察した上での考察です。念のため。

まず、本書では、Amazonランキングの原則を推測しています。

・1時間に1回更新される
・順位は100万ないし300万位まである
・誰かがAmazonで注文すると、直後のその次の更新で上位へとランキングされる
・注文されない本はランキングが下がる
・累積ではなく、最新の売れ行きを考慮しているらしい
・同時刻に1つの順位の本は1点限りで、同順位や順位の欠番はないようだ

また、ランキングと本の売れる速度の関係は、

・10位が5秒に一冊
・100位が1.5分に一冊
・1000位が30分に一冊
・1万位が7.5時間に一冊
・10万位が36時間に一冊
・50万位が26日に一冊

さらに、著者は、Amazonでは本当にロングテールのビジネスモデルが成立しているか? という問いにも考察を加えています。

《ある時刻のランキングの、たとえば下位9割を切り捨てて、上位1割の本だけを残して書店規模を大幅に縮小したとき、売上の何割を失うか》(p.135)

という問いに対するする答えは、「全体の売上に占める機会損失の割合はゼロに近い」というもの。つまり、Amazonはロングテール・モデルではないそうです。

本書には、難しい数式も多く出てきますが、それらが理解できなくても、読み進めることができます。

また、2ちゃんねるを観察の対象に加えてあったり、考察の参考となるブログなども随所に紹介してあったりして、久しぶりにネットとの良いコラボレーションが実践されている書物を読んだような気がしました。

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▽『フェリカの真実』――ソニーが技術開発に成功し、ビジネスで失敗した理由

立石泰則『フェリカの真実 ソニーが技術開発に成功し、ビジネスで失敗した理由』(草思社)

本書は、ページ数も少な目で、活字も大きいので、ちょっと外れかなと思って読み始めたのですが、意外と当たりでした。

ただし取り上げているのが非接触型ICカード「フェリカ」という目立たない製品であり、しかも、ソニーがビジネス構築に失敗したという内容で、今ひとつ本書にスポットは当たらなかったようです。

ホントは、こういう失敗の研究の方が有意義なんですけどね。

さて、本書によると、フェリカ開発の端緒は1987年の暮れにまで遡る。宅配業者の小包の仕分けを容易にするための無線タグの開発から始まった。

続いて、鉄道用のICカード乗車券とビル用の入退室管理システムの開発にシフトしたのが1988年。

1992年には入退室管理システムの開発は断念するとともに、香港の地下鉄の入改札システムの開発に力を入れるようになり、1995年に受注を獲得する(生産開始は1997年)。

さらに1999年にシンガポールでもフェリカが採用され、インド、タイ、中国でも受注を勝ち取っている。

続いてソニーは、JR東日本の受注をとろうとしたが誤算が生じた。ICカードの分野では、フェリカは国際規格として、認められなかったのだ。欧州勢の横やりがあったと言われているが、いずれにせよ東日本の入札に応じるには国際規格として認められる必要があった。

そこでソニーは、フェリカのICチップの部分ではなく、通信技術の部分で国際規格として認定された。それがNFC(Near Field Communictions)であり、国際規格取得の問題は解消された。

ここからソニーは、単なるICカードの製造・販売から、フェリカを軸にしたコンテンツのライツ販売のビジネスへと舵を切ろうとします。

フェリカの開発者で本書の主役の一人でもある日下部進は次のように語っています。

《デジタル時代のコンテンツ・ビジネスは、音楽にしろ映画など動画にしろ、視聴を許可するライツ(権利)を売るというまったく新しい売り方をすべきだと考えたのです》(p.122)

以上が、長い前振りで、本書の半分くらいまでが費やされています。そして、後半は、ソニーの新しいコンテンツ・ビジネスの話になるかと思いきや、ソニーのフェリカ事業における迷走ぶりが描かれています。日本の電子マネー事情に通じていないと、読むのに骨が折れるかもしれませんが、よくまとまっているドキュメントだと思います。

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2011.06.10

▽『日本中枢の崩壊』

古賀茂明『日本中枢の崩壊』(講談社)

またしても脱藩官僚(?)の警世の書。

経産省官僚の古賀茂明(現在は大臣官房付)は、安倍、福田政権において公務員制度改革を担当した渡辺喜美(現みんなの党党首)のもとで、2008年7月より公務員制度改革推進本部の審議官となった。

公務員制度改革、つまり公務員の天下り規制は、小泉政権ではあまり進められておらず、安倍政権でも乗り気ではなかったという。しかし、安倍首相が進めていた「美しい国」路線における「戦後レジームからの脱却」の障害となったのが、「戦後レジーム」そのものの官僚システムであり、また、渡辺大臣のがんばりにメディアの注目が集まったことから、安倍首相もこれを後押しするようになった。

安倍首相が最後に手がけた国家公務員法改正は、公務員による天下りの斡旋を禁止するというもので、

《霞が関から見ればとんでもない禁じ手を実現したもの。当然、これに対する霞が関の反発は尋常ではなく、それが官僚のサボタージュを呼び、政権崩壊の一因となったといわれている。》(p.48)

その跡を継いだ福田政権では、公務員改革の気運は後退するが、それでも渡辺大臣の執念により、2008年6月に「国家公務員制度改革基本法」が成立する。著者は、この後、公務員制度改革推進本部の審議官となったが、この直後の内閣改造で、渡辺大臣は退任させられてしまう。

ここから、公務員制度改革は、骨抜きにされていき、民主党政権では、現役官僚の民間派遣といった、さらにたちの悪い天下りも付け加えられていった。

本書を読むと、小泉政権から始まった構造改革路線が、公務員の天下り問題に触れた途端に方向転換させられていった過程がよくわかる。

[参考]
▽小泉純一郎が本当にぶっ壊したものとは?
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2008/10/post-fb1b.html
▽日本国の正体とは?
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2009/10/post-c558.html
▽なぜ自民党は大敗したのか?――曲解された世論を読み解く
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2010/01/post-d9ca.html
▽官僚のレトリック
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2011/02/post-1f9e.html

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2011.06.01

▽当ブログで売れた本――2011年上半期

当ブログで、2011年初からいままでに売れた本十傑を紹介します。原発関係は下記のエントリーで紹介していますので、

▽当ブログで売れた本――2011年原発関連
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2011/05/2011-fe88.html

それ以外ということで。まあ、ランキングをつけるほどは売れていないので、あくまでも十傑ということで・・・・・・。

まず2011年に紹介した本では、

▽『誰が小沢一郎を殺すのか?』
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2011/04/post-cff7.html
▽ユニクロの本質とは?――『ユニクロ帝国の光と影』
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2011/03/post-fdd6.html
▽『突然、僕は殺人犯にされた~ネット中傷被害を受けた10年間』http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2011/04/10-4c20.html
▽『東洲斎写楽はもういない』
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2011/01/post-79ef.html
▽『マイ・バック・ページ - ある60年代の物語』
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2011/03/--60-2936.html

『東洲斎写楽はもういない』が売れたのは、NHKスペシャルで写楽を取り上げたのが大きかったようです。また、『マイ・バック・ページ』は、映画が公開されましたね。

次に、2010年までに紹介した本では、村上春樹、三島由紀夫、手塚治虫、落合博満がコンスタントに売れています。

▽東アジアが読む村上春樹
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2010/04/post-48d6.html
▽昭和45年11月25日―三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2010/11/451125-359d.html
▽神様・手塚治虫の伴走者たち
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2010/12/post-7cdb.html
▽落合博満伝説
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2010/11/post-e860.html

最後に、定番とも言える売れ行きを示しているのが、妹尾堅一郎『技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか』です。

▽インテル・インサイドとアップル・アウトサイド――技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2009/11/post-feeb.html

今回紹介したのは、原発や大震災関連は除外していますので、念のため。

当ブログで取り上げる本のコンセプトは、基本的には「クロス・カルチュラルなノンフィクション」です。もちろん例外もありますが、ノンフィクションで異文化がクロスするような内容のもの、あるいは、時代の転換点を分析するようなもの、が中心です。

献本もお待ちしていますので(笑)、ここをご覧になられている出版社の方がいらっしゃったら、右カラム上の「メール送信」のところをクリックしてご連絡いただければ幸いです。

では、これからもいっそうの内容充実をめざして精進しますので、今後ともご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。

[参考]
▽当ブログで売れた本――2009年
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2009/12/2009-dd61.html
▽当ブログで売れた本――2010年上半期
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2010/08/2010-0d88.html
▽当ブログで売れた本――2010年下半期
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2010/12/2010-9982.html
▽当ブログで売れた本――2011年原発関連
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2011/05/2011-fe88.html

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