2011.06.26

▽『幕末史』――攘夷から開国への転換点は?

半藤一利『幕末史』(新潮社)

最近の日本の状況は「幕末」になぞらえられることも多いのですが、私は、日本史は疎いので、勉強がてら読んでみました。著者は、祖母の影響からか、いわゆる「薩長史観」には疑念を表明しています。

さて、私の関心は、1853年にペリーが来航して「開国」を飲まされた江戸幕府に対して、「尊皇攘夷」の声がわき上がり、それが「尊皇開国」へと切り替わった転換点はどこだったのか? ということですが……。

割と簡単にわかりました(笑)。

1858年に五ヶ国と調印した修好通称条約で、幕府は五年後、つまり1863年の神戸開港=全面開国を約束します。一方、開国政策に異を唱えたのが、孝明天皇だったのですが、理由は単なる外国人嫌い。さらに薩長などの幕府に不満を持つ勢力が孝明天皇をかついで「尊皇攘夷」は大いに盛り上がります。ここからすったもんだが始まりますが、五年たっても神戸開港を認めなかったために、1865年に外国の軍艦が大阪港に現れ、孝明天皇に神戸開港=「開国」をせまると、あっさり認めてしまいます。当時の世界情勢を考えるとやむを得ない選択だったかと。

ここで「攘夷」は消えて「開国」へと転換し、残ったのが、佐幕か尊皇かという対立だけで、最終的に1868年の戊辰戦争によって幕府は倒れましたが、ほとんど無駄な十五年間だったことがわかります。

さらに、明治維新から、薩長政府の仲間割れであった西南戦争(明治十年)までは、明治政府をどのような体制にするかについて、具体的な案は無かったと著者は指摘していますね。まあ、ゆきあたりばったりだった、と(笑)。


|

書評2011年」カテゴリの記事