2011.07.21

▽消されたテンノウ――『牛頭天王と蘇民将来伝説』

川村湊『牛頭天王と蘇民将来伝説――消された異神たち』(作品社)

いま「テンノウ」という言葉を聞けば、ほとんどの人は「天皇」を思い浮かべるでしょう。しかし、実際に地名として残っている「テンノウ」は、「天王洲」や「天王山」などの「天王」です。

そして、江戸時代までは、天皇のことは「内裏様」、「禁裏様」などと読んでいました。つまり、江戸時代までは、テンノウと言えば「天王」だったわけです。

では、そもそも、この天王は何を意味するのか、そして、この天王は、いつ、どのように、そして、なぜ消えていったのか? という謎に迫ったのが、本書『牛頭天王と蘇民将来伝説』です。

まず、「牛頭天王」の「牛頭」は「こず」と読みますが、文字通り、牛の頭をした神様で、これはチベット仏教の「大威徳明王」(ヴァジュラヴァイヴァラ)に由来する神様と言われています。つまり、外来の神様ということになります。

この「牛頭天王」は、いわゆる「記紀神話」、日本書紀や古事記など、日本の正統な歴史書とされているものには、まったく現れてこない神様です。

しかし、先ほどあげたように、「天王」を含んだ地名は、日本中の至る所にあり、この牛頭天王が日本各地で祭られてきたことは間違いありません。

しかし、明治の維新政府は、「王政復古」を宣言し、それまで、「禁裏様」や「内裏様」と呼ばれてきた「天皇」を、そのまま「テンノウ」と呼ばせることにしました。

《この時に「天王」は「天皇」の前に立ち塞がる目障りで、紛らわしい邪教・邪心の頭目のように、彼ら、神道家たちの目には映ったはずだ。》(p.129)

この時、「牛頭天王」を祭ってきた天王神社の多くは、「牛頭天王」は「スサノオノミコト」の化身であるという説を採用したため、日本中の天王神社から「牛頭天王」は消えてしまったそうです。


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