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2011年8月

2011.08.31

▽アップルの「プランB」とはなんだったのか?

ジョン・マリンズ、ランディ・コミサー『プランB 破壊的イノベーションの戦略』 (山形浩生訳、文藝春秋)

本書のタイトルは『プランB』――。

当初たてたビジネス・プラン「A」に対して、これがうまくいかなかったために、途中で乗り換えたプラン「B」の方が、結果的にうまくいったケースが多いし、革新的であった、というのが本書の趣旨である。

たとえば、先頃ジョブスCEOの引退を発表したアップルは、コンピュータのハードとソフトというプランAを捨てて、iPodというプランBに乗り換えたために大成功を収めた、という。

なるほど、この説明は理にかなっているようにも思えるが……。でも、ちょっと違う気もします。

以前、ITジャーナリストのスティーブン・レヴィがiPod開発の舞台裏を追った『iPodは何を変えたのか?』を紹介したことがあります。

▽iPodは何を変えたのか? を振り返る
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2010/02/ipod-7562.html

『iPodは何を変えたのか?』によると、iPodとiTunesを開発する前の段階で、ジョブズは、ファイアーワイアー(iLink)によってデジタル・ビデオカメラとiMacを接続する「デジタルハブ戦略」を構想していたそうです。そして、《このデジタルハブ構想の最初の製品となったのが、ビデオカメラの映像を簡単に編集してホーム・ムービーを作成できるアプリケーション、「iMovie」だ。》(p.80)

どちらかというと、この「iMovie」がプランAであり、アップルは途中で、MP3プレイヤーと音楽再生ソフトの方がビジネス・チャンスも大きく、「デジタルハブ戦略」にとっても有望であることに気がついてiPodとiTunesという「プランB」に乗り換えた、とみた方がストーリーとしては面白いといえるでしょう。

この『プランB』には、グーグル、アマゾン、ライアン・エアーなどのケースも紹介されていますが、ちょっとまとめ方が乱暴かな、という気もしますね。

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2011.08.29

▽デンマークのにぎやかな公共図書館

吉田右子『デンマークのにぎやかな公共図書館-平等・共有・セルフヘルプを実現する場所』 (新評論)

外国の公共図書館に憧れを抱く人は多いようで、本書も、そんな一冊。デンマークにあるいくつかの公共図書館と、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドの図書館事情が紹介されています。

まあ、昔に比べれば、日本の公共図書館も使いやすくなっているとは思いますが……。

本書によるとデンマークなど29ヶ国では、「公共貸与権」という制度があるそうです。図書館で作品が無料で読まれてしまうことによる損失を、国が税金で補償する制度で、デンマークでは2009年には8112人の著作者に対して、合計1億5797万クローナ(約23億7000万円)が支払われているそうです。ただし、対象となるのはデンマーク語で作品を発表した作家、イラストレーター、写真家、作曲家などに限られるとのこと。

登録している著作者2万1000人のうち、補償金を受け取れるのは半数に満たず、受け取れた人でも、その金額は約3万円から1000万円超まで幅があるそうです。

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2011.08.28

▽モグラびとのその後――『ニューヨーク地下都市の歴史』

ジュリア・ソリス『ニューヨーク地下都市の歴史』 (綿倉実香訳、東洋書林)

以前、ニューヨークの地下で生活する「モグラびと」を描いたノンフィクションを紹介したことがあります。

▽『モグラびと ニューヨーク地下生活者たち』
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2011/01/post-bb38.html

この『モグラびと』は、原著が1993年、邦訳が1997年に出版されましたが、最近邦訳が出版された『ニューヨーク地下都市の歴史』では、モグラびとのその後について書かれています。

《かつてリヴァーサイド・パーク地下に存在していた共同体はもはやない。一九九五年までは数百人のホームレスが無人となった整備室や線路脇の自作の小屋に住んでいたらしい。一九九五年四月の消防署からの命令で、一九九七年までにこれらの小屋は計画的に壊され、ホームレスは追い出された。》(p.144)

ということです。とはいえ、「モグラびと」が全滅したかというとそういうわけでもなく、まだまだ彼らが生息している痕跡はニューヨークの地下に行けばいくらでも見つけることができるそうです。

本書の著者、ジュリア・ソリスはニューヨーク在住のドイツ人で、2001年の9.11テロの際は地下鉄に乗っていて、勤務先のテレビで倒壊するWTCビルを見ていたそうです。本書は2002年に"Der Undergrund Von New York"というタイトルで出版されたものの邦訳です。ニューヨークの地下の写真が豊富で、通史的な読み物としても楽しめます。

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2011.08.25

▽吉本興業の正体

西岡研介『襲撃 中田カウスの1000日戦争』 (朝日新聞出版)

《むしろ今回の取材で浮かび上がってきたのは、ヤクザといわれる人たちと、絶妙な"距離感"を持って接しているカウスの姿だった。
 そして、この取材の過程で、逆に、彼がヤクザとの間に保っている距離感に比べれば、彼らとの距離が近すぎるのではないか……と思われる芸人や、芸能人が複数浮上したことも事実だ。》(p.307)

本書は、トップ屋として知られる西岡研介が、"怪芸人"中田カウスと吉本興業創業者の娘との確執を追ったルポルタージュ。2007年には週刊誌を大いに騒がせたスキャンダルで、2009年に本書が上梓された際に読んだのですが、人間関係が複雑に入り組んでいるために、途中で放り出してしまいました。

今回、改めて読み直してみたのですが……やっぱり複雑怪奇な世界……でした。本書でも、参考文献として紹介されていたのが、作家の増田晶文による『吉本興業の正体』。吉本興業を多角的な視点で描いた通史で読みやすい。

増田晶文『吉本興業の正体』 (草思社)

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2011.08.24

▽小泉構造改革の問題点とは?――『新自由主義の復権』

八代尚宏『新自由主義の復権 - 日本経済はなぜ停滞しているのか』 (中公新書)

《小泉構造改革の真の問題点は、目指した方向が間違っていたことではなく、それが不十分・不徹底なことにあった。》(p.250)

これに尽きる――。

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2011.08.23

▽『報道災害【原発編】』

上杉隆x烏賀陽弘道『報道災害【原発編】 事実を伝えないメディアの大罪』 (幻冬舎新書)

福島原発の事故に関する政府や東電の情報公開は、いわゆる「大本営発表」であり、新聞やテレビは、それに加担してきたのではないか? という疑念を拭いされない人も多いだろう。

本書は、いわゆる「記者クラブ・メディア」とは立ち位置を異にする二人のジャーナリストが、報道されなかった事実について語り合う。

[目次]
第1章 繰り返された悪夢―70年目の大本営
第2章 日本に民主主義はなかった
第3章 アメリカジャーナリズム報告2011
第4章 死に至る病 記者クラブシンドローム
第5章 報道災害からいかにして身を守る

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2011.08.11

▽『皇族誕生』――皇族たちの群像劇

浅見雅男『皇族誕生』(角川グループパブリッシング)

幕末史の主要人物といえば、江戸幕府や、明治維新を担った下級武士が中心です。

▽『幕末史』――攘夷から開国への転換点は?
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2011/06/post-7fe7.html

一方、天皇は、せいぜい孝明天皇と明治天皇を中心に歴史が書かれる程度です。本書は、明治維新期に誕生した「皇族」にスポットをあてたものです。

江戸時代末期、4つしかなかった皇族の「宮家」は、王政復古を経て十に増えました。しかし、財政問題を抱えていた明治政府は、「臣籍降下」という制度を作り、増え続ける皇族を減らすことに成功したそうです。

興味深いのは第二部の「皇族と軍隊」。江戸時代までは、皇族の多くは出家しましたが、明治期の神仏分離により、出家できなくなり、かわりに軍人となりました。軍隊では、特別扱いしないで一般の兵隊と同じように扱って欲しい、と要望を出した皇族が多かったそうです。

皇族たちの群像劇としてみると、本書はなかなか面白いですね。

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2011.08.09

▽『職業としての大学教授』

潮木守一『職業としての大学教授』 (中公叢書)

本書は、日本と、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツの大学教授の取り巻く状況を比較することで、日本の大学教育のあり方を問うものである。

本書に先行する研究として、1965年に新堀通也によって発表された『日本の大学教授市場―学閥の研究』(教育の時代叢書)がある。

この『日本の大学教授市場』において、欧米の大学では、助手、助教授、教授と上に行くほど人数が減る「ピラミッド型」なのに対して、日本では人数が同じ「煙突型」であると指摘している。

《新堀は大学教員の人的構造が煙突型になっており、エスカレーター式に教授まで昇進できる点に、日本の学界のぬるま湯性の原因があると告発した。》(p.191)

その後の変遷を、改めて研究したのが本書である。そして、驚くべきことに、欧米ではピラミッド型が維持されているのに対して、日本では、煙突型どころか教授の方が人数の多い「逆ピラミッド型」にすらなっていると指摘する。この原因について著者は、

《ひとえにすべての昇進人事、採用人事が共通な基準を欠いたまま、外部の目に晒されることなく、仲間うちの評価で行われてきたからである。》(p.191)

終身雇用と年功序列いう日本的な雇用制度の弊害が、大学にまで及んできている例といえよう。

本書は、各国の大学制度や教授の選抜制度についてコンパクトにまとめられており、特に欧米の大学の事例は、日本の大学改革を進める際に参考になる点も多いと思う。

[目次]
第1章 欧米のピラミッド型は変化したのか
 イギリスではどう変化したのか
 フランスの場合
 ドイツの場合
 アメリカの場合
 日本の場合
第2章 日本型大学社会の形成
第3章 大学教師の値段はどうやって決まるのか
 ドイツの教授資格試験
 ジュニア教授制度
 フランスのコンクール方式
 内部昇進禁止の原則 
 消滅した助手ポスト
 アメリカの方式
 イギリスでの昇進制度
 揺れる内部昇進禁止の原則 
第4章 博士になるための茨の道
 博士号をとるには
 日本のケース
 ドイツのケース
 博士課程の生活費調達
 フランスのケース
 フランスでの博士号の経済的価値
 アメリカのケース
 博士課程修了の見返り
 イギリスのケース
第5章 変化を続ける大学
終 章
あとがき

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2011.08.08

▽マネー・ボールのその後

マイケル・ルイス『マネー・ボール』 (中山宥訳、ランダムハウス講談社)

えー、いま話題の「ランダムハウス」が、まだ、健全だった頃の一冊を。というか、あまりにも話題になった本なので、いまさら取り上げるのもどうかと思いつつも……。

本書の著者は、主に金融分野での著作を発表してきたジャーナリストのマイケル・ルイス。最近では、サブプライム・ショック、リーマン・ショックの勝者たちを描いた『世紀の空売り』が、世界的なベストセラーとなりました。

▽リーマン・ショックへと至る道――世紀の空売り
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2011/01/post-f6dd.html

さて、本書のタイトルは『マネー・ボール』。主役は、貧乏球団として知られるオークランド・アスレチックスのGMビリー・ビーン。

2002年のシーズン開幕時点でみると、年俸の総額がニューヨーク・ヤンキースなどの金持ち球団の三分の一以下にもかかわらず、アスレチックスは、三年連続でプレーオフ出場を果たしていた。アスレチックスの投資効率が良い理由は何か? というのが本書のメインテーマである。

結論から言うと、野球選手を評価するさまざまなデータの中でも、出塁率をもっとも評価し、選球眼の良い選手、特に、他チームが手放すような傷のある選手を、安い年俸で獲得してきたというのがアスレチックス快進撃の秘密であった。

しかし――。

本書の原著は2003年に出版され、アメリカでも大いに話題になったことから、アスレチックス以外の球団でも、出塁率重視の戦略がとられるようになった。その結果、選球眼の良い選手を格安の年俸でかき集める、という戦略がなりたたなくなり、アスレチックスは2007年には9年ぶりの負け越し、2009年には11年ぶりの地区最下位を記録するなど低迷が続いている。

ねぇ……。

でも、他人と違う視点でデータを読むことの重要性を教えてくれる貴重な一冊です。

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2011.08.07

▽『「イギリス社会」入門』

コリン・ジョイス『「イギリス社会」入門―日本人に伝えたい本当の英国』 (森田浩之訳、NHK出版新書)

コリン・ジョイスは、イギリス人ジャーナリストで、日本とアメリカに長期間生活しています。同じ著者の著作を紹介したことがあります。

▽英国人が見たニッポンとアメリカ
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2009/06/post-8ed9.html

前二作は、それぞれイギリス人が見たニッポン、イギリス人が見たアメリカで、なかなか面白く読めました。シリーズ三作目となる本書は、イギリス人が日本人に伝えたい本当の英国……なんですが、あまり面白くない……。

なんででしょうね?

個人的な体験によりかかりすぎていて、客観的な視点が欠けている、ということでしょうか。

なぜか、BBCの「偉大なイギリス人一〇〇人」に入らなかったジョージ・オーウェルを紹介したところは、興味深かったですけどね。

日本で有名なイギリス人の本国における評価、みたいな切り口の方が面白かったかもしれませんね。

[目次]
1 階級   みすぼらしい上流、目立ちたがる労働者
2 天気   今日も「くもり時々雨、時々晴れ」
3 国旗   ユニオン・ジャックは優れた輸出品だ
4 住宅   イギリス人がいちばん好きな話題
5 料理   フランス人にはわからない独創性
6 王室   昔、英語を話せない国王がいた
7 結婚   ロイヤル・ウェディングの新常識
8 表現   スズメバチをかんでいるブルドック
9 薀蓄   てっとり早くイギリス通になる方法
10 英雄   「偉大」なイギリス人
11 私淑   敬愛するジョージ・オーウェル
12 紅茶   お茶は世界を生き返らせる
13 飲酒   酔っぱらいはこうして生まれる
14 酒場   パブは歴史、文化、伝統の宝庫だ
15 歴史   ぼくのお気に入り英国史
16 留学   イギリスにやって来る友人への手紙
17 風物   好事家向けスポーツカレンダー
18 伝統   ニュー&オールド・ブリテン
19 品格   これぞ、イギリス!

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2011.08.03

▽『読みにくい名前はなぜ増えたか』

佐藤稔 『読みにくい名前はなぜ増えたか』(吉川弘文館)

読みにくい名前はなぜ増えたか?

ねぇ……。

これは本当に、知りたいテーマなんですが、本書は、残念ながら、「読みにくい名前はなぜ増えたか?」という問いそのものには、必ずしも明確な答えは出せていません。

しかし、それでも、著者は、読みにくい名前がつけられる要因については、「親の教養、ないしは彼らが属している階層・環境による」(p.184)と結論づけています。

《伝統的な文化にさして違和を覚えず、従来通りの文化を享受することのできる、保守的富裕層と、自分の居場所を模索し、価値観に「個性的」というマークを刻印せずにおれない新興勢力の層とは、分極化が著しい。》(p.184)

しかし、この二つの階層の違いは、都会に限られており、地方では、「富裕な教養層の拒否反応のような意識が観察できない」(p.184)のだそうです。

本書には、たくさんの読みにくい名前が掲載されていますが、この問いは、またまだ研究の余地がありそうです。

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2011.08.02

▽『「TPP開国論」のウソ』

東谷暁x三橋貴明x中野剛志 『「TPP開国論」のウソ 平成の黒船は泥舟だった』(飛鳥新社)


私自身は、日本がTPPに参加することは賛成なんですが、TPPに反対する立場の本書を読んだ方が、より多くの情報を得られると思います。

特に、ジャーナリストの東谷暁の担当した第二章“「TPP=農業問題」には騙されない”には、「TPPの二四作業部会」(p.117)が示されています。

1.首席交渉協議
2.市場アクセス(工業)
3.市場アクセス(繊維・衣料品)
4.市場アクセス(農業)
5.原産地規則
6.貿易円滑化
7.SPS(検疫、及びそれに付随する措置)
8.TBT(貿易上の技術的障害)
9.貿易保護
10.政府調達
11.知的財産権
12.競争政策
13.サービス(クロスボーダー)
14.サービス(電気通信)
15.サービス(一時入国)
16.サービス(金融)
17.サービス(ネット販売)
18.投資
19.環境
20.労働
21.制度的事項
22.紛争解決
23.協力
24.横断的事項特別部会(中小企業、競争、開発、規制関連協力)

東谷の指摘するTPPにおけるアメリカの本当の狙いは、「金融」と「投資」で稼ぐこと、なのだそうですが……。それは、TPPに反対する理由ではなく、むしろ賛成する理由になるんじゃないかと、私は思います。

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▽『エリーザベト・ニーチェ―ニーチェをナチに売り渡した女』

ベン・マッキンタイアー『エリーザベト・ニーチェ―ニーチェをナチに売り渡した女』(藤川芳朗訳、白水社)

なんで、こんな本を買ったのかよく覚えていないのですが(たぶん『皇妃エリザベート』ブームの時についでに買ったんだと思う)、読み返してみたら面白かったので、ご紹介。

エリーザベト・ニーチェとは、「超人哲学」でおなじみのフリードリヒ・ニーチェの妹。反ユダヤ主義のリーダーと結婚して、南米のパラグアイに入植して「新ゲルマニア」というドイツ人コミュニティを作ります。

しかし、事業としては失敗したため夫は自殺。ドイツに戻ったエリザーベトは、すでに発狂していたニーチェの思想を、反ユダヤ主義と混ぜてナチスの思想として宣伝する、という愚行を行った人物です。

著者によると、エリザーベトの書いたニーチェの伝記は、
《この本によって、彼女自身のゆがんだフィルターを通してでなければ、実質上ニーチェの生涯に、そればかりかその著作にも、近づくことが不可能になってしまった》(p.252)
ほどのでっち上げだったそうです。

本書は、最近同じ出版社から復刻版が出されたようです。

[目次]
序文
第一章 パラグアイ アスンシオンの船着場 一八八六年三月十五日
第二章 未知の国
第三章 川をさかのぼって
第四章 白い貴婦人と新ゲルマーニア
第五章 騎士たちと悪魔たち
第六章 ラマの国のエリーザベト
第七章 権力への意志
第八章 祖国の母
第九章 新ゲルマーニア 一九九一年三月

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