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2011年9月

2011.09.25

▽『電子書籍奮戦記』――喧噪の影で

荻野正昭『電子書籍奮戦記』(新潮社)

電子書籍に関する話題になると、かならず登場するのがボイジャーの荻野正昭である。日本における電子書籍の草分け的存在であり、これまでにも何度も繰り広げられてきた「今年こそ電子書籍元年」という喧噪の中、じっと、「その時」が来るのを待ち続けてきた。

荻野は電子書籍を5つに分類している。
1.1980年代後半に登場したFDやCD-ROMなどのパッケージ版で辞書や百科事典などが多かった。
2.インターネットを介してKindleやiPadなどに届けられるデータ。現在は、これを「電子書籍」と呼んでいる。
3.紙の本を印刷する前に作られる電子化されたデータ。
4.インターネットに公開される無数の「リソース=資源」群。研究論文や著作権のない古典文学などで、青空文庫もここに含まれる。
5.さまざまな情報を組み合わせて自分なりに作ったものも「電子書籍」と呼びたい。

本書は、荻野の自伝であるとともに、ボイジャーというベンチャー企業の悪戦苦闘と、日本の電子書籍の変遷の記録である。当初期待ほどには電子書籍の市場は立ち上がらず、中小企業であるボイジャーは、何度も立ち往生する。しかし、思いがけない伏兵がボイジャーに利益をもたらした。携帯電話向け電子ブックビューワー「BookSurfing」によって、ボイジャーの経営はようやく安定することになったのだ。

《かつてはデスクトップパソコンやノートパソコンのモニターで「本」を読むことにすら嫌悪感を示す人が大半でした。……しかし、パソコンのモニターよりもはるかに小さく、画質も劣る携帯電話の画面で、若者はマンガや小説を読むようになったのです。》(p.174)

何度も繰り返される「電子書籍元年ブーム」の喧噪の影で、浮かんでは消えていったハード、フォーマット、コンテンツ・サービスの数々……。本書を読みながら、「ああ、こんなのあったなあ」と思い返す。

いったい誰が勝者になるのだろうか? その答えは、まだ、出ていない――。

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2011.09.22

▽『日本の地名』――地名の謎を探る

筒井功『日本の地名---60の謎の地名を追って』(河出書房新社)

日本の地名は意味不明のものだらけ――。

この理由として、著者は、地名が誕生した時期の古さを指摘する。つまり、文字が誕生する前に生まれた地名が口伝えで継承され、後に文字が当てられた地名が多いからだという。

また、著者は、地名に関して研究者が少ないことも地名の意味がわからないことの原因の一つと指摘する。その結果、こじつけや言葉遊びのような解釈が横行することになった。とりわけ、珍しい地名は外国語、特にアイヌ語や朝鮮語由来のものだ、とされる傾向にあるという。

著者がよって立つ民族学的な認識は
・縄文人は日本列島の先住民でありアイヌもこれに含まれる。ただし、アイヌ人と他の縄文人が同じ言葉を話していたかはわからない
・後から日本に渡ってきた弥生人の言葉は、現代日本人と同系の言語である
というもの。

本書には、60に分類された難しい地名、珍しい地名が取り上げられている。そもそも、こんな地名があったのかと驚かされるものが多い。地名研究の分野はまだ緒についたところというが、わからない部分も含めて、民族学的な興味はつきない。

[60の謎の地名]
一口(いもあらい)
間人(たいざ)
由比(ゆい)/手結(てい・たゆ)
一青(ひとと)/神鳥谷(ひととのや)
大歩危(おおばけ)/坂下(ばんげ)
江差・枝幸・江刺(いずれも、えさし)
特牛(こっとい)
幽ノ沢(ゆうのさわ)/夕沢(ゆうさわ)
大滝(おおぜん)/滴水(たるみず)
丁(よろ)/丁子(ようろご)
白拍子(しらびょうし)
鰻(うなぎ)
閖上(ゆりあげ)/小淘綾(こゆるぎ)
点野(しめの)/禁野(きんや)
熊押(くまおす)/猿押(さるおす)
左沢(あてらざわ)
遠敷(おにゅう)
生野(いくの)/千歳(ちとせ)
厳木(きゅうらぎ)/教良石(きょうらいし)
城下(ねごや)
美守(ひだのもり)
泪橋(なみだぼし)/思案橋(しあんばし)
下呂(げろ)/上呂(じょうろ)/中呂(ちゅうろ)
風呂ケ浴(ふろがえき)/桑林(くわぶろ)
蛇穴(さらぎ)/蛇穴(じゃけつ)
及位・莅(ともに、のぞき)
古凍・古氷(ともに、ふるこおり)
大分(おおいた)/潮来(いたこ)
串(くし)/串本(くしもと)
奥武(おう)/青籠(あおぐむい)
軽井沢(かるいざわ)/王余魚沢(かれいざわ)
轆轤(ろくろ)/轆轤師(ろくろし)
倭文(しとり)/設楽(したら)
塔ノ岪(とうのへつり)
一日市(していち)/廿九日(ひづめ)
貝野瀬(かいのせ)/皆葎(かいむくら)/海野(かいの)
私市・私都(ともに、きさいち)/象潟(きさかた)
太秦(うずまさ)/斑鳩(いかるが)
清博士(せいばかせ)
小童(ひち)/小童谷(ひじや)
乙女(おとめ)/八乙女(やおとめ)
廿六木(とどろき)/百笑(どめき)/百々女鬼(どどめき)/土泥(とどろ)/堂々(どうどう)
十六島(うっぶるい)
乞食(ほいと・こじき)/盗人(ぬすっと)
人喰谷(ひとくいだに)/人穴(ひとあな)
百済来(くたらぎ)
連雀(れんじゃく)/旦過(たんが)
奈良(なら)
歌(うた)/善知鳥(うとう)
強羅(ごうら)/五郎(ごろう)
御坊(ごぼう)/談議所(だんぎしょ)
桜(さくら)/桜島(さくらじま)
坊ガツル(ぼうがつる)
姥ケ懐(うばがふところ)
野呂(のろ)/芝(こうげ)
塙(はなわ)/圷(あくつ)
矢作(やはぎ)/筵打(むしろうち)
市ケ谷(いちがや)
沓掛(くつかけ)/鍵掛(かぎかけ)
神庭(かんば)/神代(こうじろ)

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2011.09.21

▽証拠改竄――特捜検事の犯罪

『証拠改竄 特捜検事の犯罪』(朝日新聞出版)

大震災によって埋もれしまった話題はたくさんありますが、これもその一つ。本書は、厚労省をめぐる郵便不正事件におけるフロッピー・ディスク改竄のスクープを放った朝日新聞の取材班によるドキュメント。

一審の過程や判決などについては、魚住昭『冤罪法廷 特捜検察の落日』で描かれているものとほぼ同じだが、

▽『冤罪法廷』
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2010/10/post-c77c.html

裁判前後の状況、「検察リーク」に乗りすぎたとされるメディア批判に対する新聞サイドの考え、そして、スクープをもたらした検察内部の匿名の情報提供者の思いなどが綴られている。

本書の発行は3月下旬で、本来ならば、検察改革がメディアで取り沙汰されていたはずだったが、震災や原発事故で、それどころではなくなっていたのが残念。

[参考]
▽『冤罪法廷』
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2010/10/post-c77c.html
▽司法記者が見た特捜部の崩壊
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2009/04/post-f59a.html
▽2001年の時点ですでに指摘されていた特捜検察の闇
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2009/04/2001-1cf4.html
▽リクルート報道の再検証
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2009/11/post-e240.html
▽リクルート事件――いまなお残る疑問
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2009/11/post-0d34.html

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2011.09.18

▽内部被曝の真実

児玉龍彦『内部被曝の真実』(幻冬舎新書)

児玉龍彦教授といえば、国会に参考人として呼ばれた際の動画で注目を集めました。この動画を見て、現状に対して本気で怒っている大人がいることに、「ちょっとほっとした」とだけ言っておきます。

さて本書は、この参考人質疑を文字にしたものを中心に、放射線の人体への影響を、とてもわかりやすく解説しています。

簡単にまとめると、
・遺伝子は二重らせん構造のため安定的である
・しかし、細胞分裂の際には、二重らせんはほどけて一本ずつになり、この時、放射線によって切断されやすくなる
・このことは、細胞分裂のさかんな胎児や子供の方が、より高い危険にさらされていることを意味する
・一つの遺伝子の変異だけではがんは発生しないが、もう一つ別の要因が重なるとがんへの変異が起こる

一般の人にもわかりやすく丁寧に解説されていますので、ご一読を。放射線の除染がうまく進むよう願ってやみません。

[目次]
第1部 7・27衆議院厚生労働委員会・全発言
 私は国に満身の怒りを表明します
 子どもと妊婦を被曝から守れ―質疑応答
第2部 疑問と批判に答える
第3部 チェルノブイリ原発事故から甲状腺がんの発症を学ぶ
 ―エビデンス探索20年の歴史と教訓
第4部 “チェルノブイリ膀胱炎”
 ―長期のセシウム137低線量被曝の危険性
おわりに 私はなぜ国会に行ったか

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2011.09.17

▽運命の人

山崎豊子『運命の人(一)』(文藝春秋)

『運命の人』は、沖縄返還を巡る「外務省機密漏洩事件」をモチーフとした山崎豊子の小説。フィクションとしての誇張はあるものの、ストーリーは概ね、実際の事件と同じような展開をみせていく。

4巻のうちまず1巻は、当時の政治的背景が描かれるとともに、野党議員に渡された機密情報が国会で晒され、主人公の弓成が警察に出頭するまで。

2巻は、弓成が逮捕・起訴されるまで。

3巻は、一審から最高裁までの裁判過程が中心となる。

4巻は、沖縄の歴史が振り返られるとともに、1995年に発生した暴行事件、そして、米国立公文書館で発見された機密文書により、密約の核心部分が明らかになる――。

当時の雰囲気や関係者の機微などは、小説という形式ならではのリアルさが感じられた。

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2011.09.12

▽あきれた「おバカ規制」の数々――『「規制」を変えれば電気も足りる』

原英史『「規制」を変えれば電気も足りる 日本をダメにする役所の「バカなルール」総覧』(小学館101新書)

本書は、日本社会のすみずみにまで貼り巡らされた「おバカ規制」について、最近の時事ネタを交えつつ紹介したものである。

著者は、『官僚のレトリック』をすでに著している元官僚の原英史。

▽官僚のレトリック
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2011/02/post-1f9e.html

本書は、もともと国際情報誌『SAPIO』に連載されていたもので読みやすい。一つ一つのエピソードは、へぇ~、と驚いたり、あるいは、にやにやしながら読んだりできるものの、本書を読み進めるうちに、だんだんと「おバカ規制」の背後にある、見えない力の巨大さ、堅牢さ、に気がつかされる、という仕掛けになっている。

[目次]
はじめに

第I部 初級編 日常生活に潜む「規制」
第1章 学校のカイダン--なぜ学校の階段には必ず「踊り場」があるのか?
第2章 学校のカイダン2--それでもダメ教師はクビにならない!
第3章 カットできないしがらみ--理髪店がどこも「月曜定休」の理由
第4章 左党のしょっぱい話--なぜ日本のビールをアメリカで買ったほうが安いのか?
第5章 食い物にされる食の安全--「ひやむぎ」と「そうめん」の境目は超厳密だった!
第6章 電気行政の暗闇--なぜ日本の電気料金はアメリカの2倍なのか?

第II部 中級編 ビジネスの邪魔をする「規制」
第7章 アナログな決まり--なぜケイン・コスギはピンチの後にリポビタンDを飲むのか?
第8章 道路の落とし穴--なぜ運転免許は5年で更新しなければならないのか?
第9章 値下げにブレーキ--格安タクシーがデフレなのに値上げを強制されている
第10章 トマる新ビジネス--ラブホテルとビジネスホテルの境界線はどこにある?
第11章 クスリのリスク--なぜ風邪薬はコンビニで買えないのか?
第12章 仕分け会議を仕分けする--結論の半分が「検討する」……蓮舫サン、やる気あったんですか?

第III部 上級編 世の中を支配する「規制」
第13章 選挙に受かって罠に落ちる--投票日前に有名政治家とのツーショットポスターが増える理由
第14章 反古にされる保護--なぜ派遣社員が「電話に出るな」と指示されているのか?
第15章 金利規制が縁の切れ目--借金の上限金利は明治時代から変わっていない
第16章 NOと言えない農家--なぜスーパーの売り場のきゅうりは「真っすぐ」なのか?
最終章 おバカ規制はなぜ作られるのか?--「規制の作り手たち」にまつわる規制

おわりに

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▽『椅子がこわい 私の腰痛放浪記』

夏木静子『椅子がこわい 私の腰痛放浪記』(文藝春秋)

「この記録はもしかしたら私の遺書になるかもしれない」

というショッキングな書き出しで始まる本書は、女流作家の夏木静子が体験した「腰痛」の記録である。1993年1月に原因不明の腰痛に襲われた夏木は、さまざまな医者にかかるものの、どの医者も腰に異常はみつけられない……。

と、くると、ああ、これは心因性の腰痛で、その原因は、作家という仕事からくるストレスなんだろう……と想像しますよね。実際のところ、そうだったわけで、すでに犯人は割れちゃっているのですが、夏木本人は心因性の腰痛であることを頑として認めません。

本書の後半は、夏木にいかに心因性の腰痛であることを認めさせるか、そして、治癒のために必要なあることを夏木にいかに決断させるか、という医者の努力が中心となります。まあ、ある意味、京極堂による憑き物落としにも似てなくもないですが。

ちょっと古いですが、心と体の関係について改めて考えさせてくれる一冊でした。

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2011.09.07

▽あのケビン・メアが見た『決断できない日本』

ケビン・メア『決断できない日本』(文春新書)

本書は、さまざまな偶然が重なったことによって出版されたといってもいいだろう。

そして、そのおかげで、東日本大震災や福島原発事故に対処した日本政府の舞台裏を、アメリカ側の視点から伺い知ることができるようになった。

著者は、沖縄に関する発言が取りざたされた、元米国務省東アジア・太平洋局日本部長のケビン・メア氏。3月6日に報じられたこの発言について、メア氏は本書において捏造であると反論しているが、この報道をきっかけに米国防省を辞めることを決意した。

しかしその数日後に、大震災と原発事故が発生したため、アメリカによる日本支援の「トモダチ作戦」の国務省タスクフォースのコーディネーターに任命された。

この時の日本政府の対応は、下記のインタビューでも述べられている。

《日本の復興支援にあたるタスクフォースのメンバーは、3月16日未明の時点で、日本政府よりもさきに、原発の炉心が融解していると判断していました。このままでは最悪の場合、メルトダウンして、使用済み核燃料が燃え、放射性物質が広範囲にばらまかれる可能性がある。》
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/18122

アメリカの政府高官は、東京にいるアメリカ人9万人を避難させることも検討したが、混乱を懸念したメア氏の説得で50マイル圏待避にとどめておいたという。

また、東京電力は、3月11日の時点で、在日米軍のヘリで水を運べないかと問い合わせをしてきたというが、このことから冷却装置が破壊されていること、東電は廃炉にしないでしのごうとしていること、東電は日本政府には情報を伝えていないことなどがわかったという。

さらに、日本に貸与できる備品のリストを渡したところ、逆に「質問」が帰ってきたという。

《彼らはもし問題が起きたとき、自分たちがその責任を取ることをおそれて、何も決めようとしなかったのです。まさに決断ができないのです。》
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/18122?page=3

そして、ヘリによる放水作業……。

《この光景を見たときの、アメリカ政府のショックは大変大きかったのです。仮にも大国である日本ができることが、ヘリ1機を飛ばして放水するだけだったのか・・・と。しかもこの放水は、原子炉冷却にはまったく効果がなかったわけですから。》
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/18122?page=3

本書では、原発処理の舞台裏だけでなく、沖縄に関する発言へのメア氏の反論、メア氏の日本との関わりや沖縄基地問題の舞台裏、さらに、歴代首相や有力政治家に対するメア氏の見解が述べられていて興味深い。

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2011.09.04

▽『サイボーグとして生きる』

マイケル・コロスト『サイボーグとして生きる』 (椿正晴訳、ソフトバンククリエイティブ)

『サイボーグとして生きる』――。

えー、なんか大げさなタイトルなんですが、どういう内容の本かというと、著者のマイケル・コロストは、生まれつき耳が悪くて補聴器をつけて育てられたのですが、36歳になって完全に聴力を失ってしまいます。そこで、コンピューター制御の人工内耳システムを搭載した「インプラント」を頭蓋骨に埋め込んで、ふたたび聴力を獲得します。本書は、その顛末を綴ったものです。

人工内耳システムを「サイボーグ」と呼ぶには、やや大げさかもしれませんが、それまで使用していた補聴器よりも、ずっとはっきりと聴くことができるようになったそうです。

《それまで刺激されたことのなかった聴神経が電気刺激を受けるようになったため、聴覚皮質で神経細胞が四方八方に樹状突起を伸ばし、新たなシナプス結合が次々と形成された。その結果、失聴してから三年後の二〇〇四年には、ぼくの脳内に以前とはまったく異なる神経回路ネットワークが構築されていたのだ。》(p.275)

著者のマイケル・コロストは、文学好きのコンピュータおたくでして、本書でも、自身の恋愛についても包み隠さず綴っています。失われた青春を取り戻そうとする中年男性の姿がユーモラスに描かれていて、青春SFのような趣で、なかなか楽しく読むことができます。

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