« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »

2011年12月

2011.12.25

▽筑摩書房――それからの四十年

永江朗『筑摩書房 それからの四十年 1970-2010』(筑摩書房)

本書は、筑摩書房の社史です。

筑摩書房というと1978年に一度倒産しているため、1970年までが書かれた「三十年史」が唯一の社史となっていました。しかし、2000年代に入ってベストセラーを出すなど、少し余裕ができたのか、フリーライターの永江朗に委託して、その後の四十年史を書かせたのが本書です。

1978年の倒産当時、大学生として筑摩書房にあこがれを持っていた著者は、本書を書き終えた後、「あとがき」で次のように指摘します。

《倒産直前の筑摩書房は腐りきっていました。なかでも許しがたいのは「紙型再販」です。つまり、同じコンテンツの使い回し。紙型=印刷するときの元版を再利用して、あたかも新しい本であるかのように見せかけ、読者に売りつけようとしました。》(p.348)

では、著者は、現在の出版界をどうみているか。

《筑摩書房と同じようなことを、業界全体でやっているように思えてなりません。……同じコンテンツやオリジナルの劣化コピーとしか思えないような本ばかりが、ざくざく出ています。……このままでは、日本の出版界の一九七八年七月一二日が来るのではないか……。》(p.349)

筑摩書房といえば、メインストリームの出版社とは言えない独特の存在ではあるものの、本書は、出版界を写したネガ・フィルムとして読むことができます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.12.24

▽『古本道入門』――ブックオフの意外な使い方

岡崎武志『古本道入門 買うたのしみ、売るよろこび 』(中公新書ラクレ)

なんか知らないうちに「古本」に関する本が増えたような気がします。ブックオフによって古本に接する機会が増えたせいなのか、あるいは、単に出版業界のネタ切れだからなのか?

本書『古本道入門』の著者である岡崎武志の『気まぐれ古書店紀行』は、以前のエントリーで紹介しました。

▽気まぐれ古書店紀行
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2011/12/post-c27b.html

『気まぐれ古書店紀行』では、昔ながらの古書店が紹介されています。しかし本書では、著者の本音が吐露されています。

《町の古本屋さんに入って空振りの場合、私は店を出るとき、やっぱり心理的圧迫を感じる。知り合いの店主の店なら、隠れるようにこそこそと店を出ることもある。》(p.167)

しかし、ブックオフならば、そうした心理的圧迫はなく、著者は、毎日どこかのブックオフに足を運んでいるそうです。

著者は、「ブックオフが新旧の文庫を大量に流通させたことは、あえて言えば革命であった。」(p.166)とも指摘しています。

そして、消費者からの買い取りによって仕入れるブックオフには、かつてのベストセラーなど、同じ本がたくさん並ぶことがあります。このことによって、「自分が精通していないジャンルの本の売り上げ動向がひと目でわかる。」(p.176)と、ブックオフの著者なりの使い方を教えてくれます。

|

2011.12.21

▽『鉄槌!』――弁護士の実態がおもしろい

いしかわじゅん『鉄槌!』(角川書店)

そういえば、あれ、どうなったんだっけ? の割と個人的な疑問が解けた、という話。

1990年代半ばに『創』という月刊誌で、漫画家のいしかわじゅんが『鉄槌!!』という連載をしているのを読んだ記憶があります。それは、スキー旅行の帰りに乗ったバスに雪の中置き去りにされた、という話をマンガで書いたところ、バスツアーの会社に訴えられ、その顛末を綴ったものですが、結末を知らないままになっていました。

そもそもの置き去り事件があったのが1989年1月で、訴えられたのが同年6月。和解したのが1992年10月。『創』での連載が1994年10月号からで、本書が刊行されたのが2000年9月、それを読んだのが2011年(笑)。

裁判が和解に至った経緯については、まあ、こんなところだろうな、という感じなのですが、話の本筋ではないものの本書が思っていた以上に面白く読めたのは、弁護士の実態について、ため息まじりに(笑)書いているところ。意外な結末まであって、とても面白い。なにかの機会があったら是非、読んでみてください。

|

2011.12.20

▽ヤクザと原発

鈴木智彦『ヤクザと原発 福島第一潜入記』(文藝春秋)

本書は、『潜入ルポ ヤクザの修羅場』などのヤクザもので知られる鈴木智彦による正真正銘の福島原発の潜入ルポです。

▽『ヤクザの修羅場』
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2011/03/post-c327.html

『ヤクザと原発』というタイトルの通り、いかに日本のヤクザが原発や、それに絡む利権に食い込んでいるか、を明らかにしていきます。

また、潜入ルポだけあって、実際に福島原発の事故処理に関わる人達の本音が引き出されていて、非常に興味深い記録となっています。

著者は、本書の出版にあわせて、外国特派員協会で記者会見を開いており、その一部は、インターネットで読むことができます。

▼冷温停止宣言の裏に潜む「ずさん工事」の現状
http://blogos.com/article/27119/
《原子力発電の是非はともかく、福島第一原発の現状は、はっきり言ってアウトの状態です。アメリカ軍が当初避難区域を80キロに設定しましたが、それが正しかったと思っています。数値を実測すると福島の中通りあたりは線量も高く、汚染もひどく、完全に管理区域です。一般人の立ち入りを禁止すべき場所です。にも関わらず、日本の基準はいわき市、福島市、郡山市の大都市を避難させないという前提の下で20キロに引かれたものであろうと思います。僕の取材した、全ての原子力関係の技術者は、「本来は住んではいけない場所に住んでいる」「原発の中で生活しているのと同じ」と言っています。》

また、本書の最後の方に十数行記載されているだけですが、どうも福島第二原発も、原子炉建屋が破壊されない程度の水素爆発があり原子炉(圧力容器)の底が抜けているのではないか、との疑惑も指摘されています。

原発事故の全貌が明らかになるのは、おそらく、ずっと先のことになるのではないかと思われます……。

|

2011.12.19

▽金正日の正体

重村智計『金正日の正体』(講談社新書)

本日、「17日に金正日が死去した」ことが明らかになりました。しかし、2008年8月に上梓された本書では、2003年までに金正日は死去しており、影武者が代行している、という説を示しています。

つまり、2002年9月に、当時の小泉首相が訪朝した時には、金正日は生きていたが、2004年5月の再訪朝時には、影武者だった、ということになる。

そして、《「“今の将軍様”が死ぬまで後継者は決めない」》(p.218)という暗黙の了解が、北朝鮮の内部にあるという、2007年時点での証言も紹介されている。ここで言う、“今の将軍様”とは、もちろんその時点の影武者のことであり、集団指導体制のパワーバランスを崩さないためという。

にわかには信じがたい話であり、「金正日死亡・影武者説」は、本書の出版当時にも物議を醸したようです。ただ、北朝鮮については、わからないことも多く、これから事の真相が明らかになるのだろう、と思います。

|

2011.12.18

▽放送禁止歌

森達也『放送禁止歌』(解放出版社)

1999年、フジテレビの深夜番組『NONFIX』で、

『「放送禁止歌」~歌っているのは誰?規制しているのは誰?~』http://www.fujitv.co.jp/nonfix/library/1999/368.html

というドキュメンタリーが放送されました。この番組は、Youtubeにもアップされています。

本書は、その番組の製作過程の舞台裏を綴りながら、あらためて、なぜ「放送禁止歌」が生まれてしまうのか、について考察したものです。

本書でも語られているように、「放送禁止歌」とは、民放連(日本民間放送連盟)が放送禁止と指定した楽曲である、とある種の通念のように信じられてきました。

民放連は、1959年から「要注意歌謡曲指定制度」を発足させました。民放連は「要注意歌謡曲」を指定し、放送にあたっては、各放送局が判断しておこなうとされたものでしたが、これが一人歩きしてしまいます。さらに、この制度自体は1983年に廃止され、それ以来、「要注意歌謡曲一覧」は更新されていません。何より驚かされるのは、多くの放送関係者が、「放送禁止歌」とみなしている曲のほとんどは、この「要注意歌謡曲一覧」には含まれていないことが、本書で、あきらかにされます。

つまり、「放送禁止歌」のほとんどは、放送局が過剰な自主規制をしてしまったことから生まれてきたということができます。

では、なぜ、このような事態が起きてしまうのか? 本書では、この問題に関わっている人達が同じようなことを繰り返し語っています(以下の引用では、個人名は省略しました)。

・民放連
「最終的な判断をするのは、放送主体である放送局なのです。しかしどうもこの部分が誤解というか一人歩きしてしまい、いまだに民放連が規制の主体であると思いこんでいる人は多い」(p.50)

・フジテレビ番組考査室部長
「この問題はね、実はシステムの問題じゃない。結局、制作者一人一人の問題なんです。……規制に対して異議があるのなら、議論を挑んでくればいい。規制はマニュアルではありません。……」(p.59)

・解放同盟
「……皆が、自分の頭で、考えようとしていない。……だからでしょう」
「自分の言葉と言い替えてもいい。要するにマニュアルや他人の判断を鵜呑みにしないで、自分自身で考えるという当たり前のことがなされていない。特にマスメディアの方々に対して、私はその思いを強く持っています」(p.65)

・フジテレビ編成局長
「ひと昔前に比べればテレビのタブーは確実に増殖しているという実感を僕は持ってます。量だけじゃない。質も悪くなっている。
 抑えつけたタブーがタブーを再生産している。表現とは本来甘いものじゃない。血だらけになってもやるものだと思うし、特にジャーナリズムの現場にいる人間は、タブーに対してもっと闘う姿勢を見せるべきだと思う」(pp.98-99)

・音楽評論家
「レコード会社の若い社員なんか、歌詞の何が問題なのか知らず、言われるがままに機械的にやっている人がほとんどですよ。表現行為にかかわる以上、異論や反論を浴びることは当然覚悟しなくてはならないはずなのに、でも彼らにはそんな意識や覚悟はみじんもない」(p.145)

「自分の頭で、考えようとしていない」というのは、放送禁止歌だけではなくて、最近のマスコミやジャーナリズム、あるいは日本社会のいろいろなところで感じられる事態であると思います。

|

2011.12.16

▽気まぐれ古書店紀行

岡崎武志『気まぐれ古書店紀行』(工作舎)

『彷書月刊』という古書と古書店をテーマにした情報誌がありました。1985年9月に創刊されたのですが、残念ながら2010年10月号に休刊となったそうです。

本書は、岡崎武志が『彷書月刊』に連載した古書店めぐりのコラムをまとめたものです(2006年2月刊行)。

古書店というのは、出版社→取次→書店→読者という流通ルートの終着点にたどりついた本を、ふたたび読者に届ける役割を担っています。最近は、ブックオフなんかの古本チェーン店が幅をきかしていますが。

本書には、さまざまな個性を持つ古書店が多数紹介されています。知ってる古書店も登場したりしていて、なかなか面白く読めますね。

|

2011.12.15

▽どすこい出版流通

田中達治『どすこい出版流通』(ポット出版)

ISBNというものをご存知でしょうか?

本の奥付やカバーに記された識別番号のようなもので、出版物の発行された国や出版社などを指し示します。

これは、一つ一つのタイトルに固有に割り振られた番号だと思っていたのですが、『どすこい出版流通』によると、国と出版社を意味する部分以外は、それぞれの出版社が勝手に割り振っており、タイトルと番号を結びつけるデータベースは存在しないそうです。

《現実には同じコードで複数の本があったり、あるいは同じ本なのにいくつものコードを持っていたり、ないはずの会社のコードのついた本があったりで、そうとうにヤバイ状態らしいのである。》(p.114)

さらに、大量に返品された本に新しいISBNを割り振って新刊として再出荷したり、最終桁の自動的に決められるチェックデジットを社内用の分類番号として勝手に使用している出版社もあるそうです。

本書は、筑摩書房の「営業通信」をまとめたもので、著者は2007年10月に亡くなられている。本書には、出版流通の問題点が率直に記されています。

ISBNの問題にしても、流通の管理に不可欠な識別番号に欠陥があっては、どうにもなりませんよね。こうした出版流通の改善に着手すれば、まだまだ出版業にも効率化の余地は残されているのではないかと思います。

|

2011.12.14

▽グッドセラーを生み出す力とは……『書店ポップ術』

梅原潤一『書店ポップ術―グッドセラーはこうして生まれる』(試論社)

梅原潤一『書店ポップ術 グッドセラー死闘篇』(試論社)

前回のエントリーでは、《紙の出版事業は、返本リスクを「広告宣伝費」とみなしうる、出版物の広告宣伝事業》と定義してみました。

▽誰でも電子書籍は作れるが……
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2011/12/post-9176.html

そして、紙の本には、売ろうとする力も働きます。それは、出版社の負担する広告宣伝費とは別の力……、そう、小売業者、つまり書店員の本を売りたいという気持ちが、さらに、本を売れゆきを後押しすることになります。これが、電子書籍にはまだまだ欠けているもの、ということが言えます。

『書店ポップ術』の二冊は、有隣堂のマネージャーが「面白い」と感じた本につけてきた手書きの店頭広告「ポップ」――「購買時点広告」と呼ぶそうです――を集めたもの。

《自分が「面白い」と思う作品をポップで仕掛けて、書店のお客様に「面白そう」と手にとってもらい、その結果、それが売れてくれればすごく嬉しい。》(p.186)

こういう売り手の力を――もちろん、「嬉しい」だけではなく、営業上の利益も含めて――電子書籍は取り込むことができるかどうかが重要な課題になってくると思います。

|

▽誰でも電子書籍は作れるが……

米光一成x小沢高広x電子書籍部『誰でも作れる電子書籍』(インプレス)

2010年に起きた、何度目かの「電子書籍元年ブーム」のさなかに出版されたのが本書。

著者らは、口先だけの煽り屋ではなく、電子書籍を対面販売する「電書フリマ」なども開催している実行派。巻末には、電子書籍に関する書籍の紹介や、電子書籍作成ソフトの紹介もある。

なるほど電子書籍の可能性はよくわかります。

しかし……。

最近、以下のようなツイートをみかけました。これは、いまだに人気のある漫画「キン肉マン」の原作者が、ウェブ版の連載を始めたものの、期待通りには読まれていないので、読んでね、と呼びかけているものです( http://togetter.com/li/199730 )。

《「キン肉マン・ザ・マシンガスンズ空白の三日間」大傑作なんですがWebなんでなかなか読んでくれる方少ないんで応援よろしくお願いします。》

これに対して、ある読者が次のような返事を寄せています。

《ぶっちゃけますが、週プレに連載されていたキン肉マン2世含め、紙の雑誌だと買ってでも毎週読んでた漫画が、Web連載に変わってから「無料なのに、前より全然読まなくなった」のは事実でした。毎週読むつもりなんだけど、本屋やコンビニで目に付かないから忘れちゃうんですよね・・・》

さらに

《電子書籍とかが「紙と同じ値段だと割高感がある」とか、「携帯からの課金が面倒」とか色々問題があるのは事実として、ただそういう表面的な問題よりも、「そもそも無料でも読まない」って自分の実体験を通して難しい部分があると思った》

要するに、「目に付かないから忘れちゃう」ことが電子書籍の致命的な欠点といえるかも知れません。

これをどう考えるか?

紙の出版物は、目に触れる機会が多いので、買ってくれる人がいる。だからといって、無限に印刷して配本できるわけではない。なぜなら、返本された場合には利益が減るからである。

つまり、紙の出版事業とは、返本リスクを「広告宣伝費」とみなしうる、出版物の広告宣伝事業ではないか、と。

だから、いくら優れた電子書籍を作っても、広告宣伝には、それなりの費用をかけなければ売れないのであり、また、そのコストを上回る利益を上げないと事業としてはなりたたないのではないか。

要するに、電子書籍は誰でも作れますが、それを採算にあう事業として運営していくのは、まだまだ難しいのではないかと思います。

|

2011.12.13

▽ベストセラーだって面白い……はず

岡崎武志『ベストセラーだって面白い』(中央公論新社)

《書店では、有名人の書いた本、テレビ関連本、そしてすでに売れているベストセラーを選ぶ。それならリスクはない。つまり「安心」を買う、わけだ。やれやれ。》(p.14)

書籍に関する著作の多い岡崎武志が、新聞や雑誌に連載したベストセラーに関する考察を一冊にまとめたものが本書である。本書には2001年から2007年10月までのベストセラーが紹介されているが、編集の都合なのか、掲載時期が前後している章がある。

本書は、著者が、書評というよりも、「現代社会の時評コラムという性格が強く」(p.2)と言うのであるから、ここはやはり時系列に沿って並べるべきではなかったか。気になる方は、巻末の初出一覧を見て、読む順番を考えた方がよいかもしれない。

| | コメント (0)

2011.12.12

▽落合博満 変人の研究

ねじめ正一『落合博満 変人の研究』(新潮社)

本書は、詩人のねじめ正一が、愛すべき変人である落合博満について、2007年にドラゴンズが日本一になった後に行ったインタビューや、落合語録の考察などをまとめたものです。

ああ、こういう見方もあるのか、と落合マニアには、なかなか楽しめますが、特に、私が気になったのは、漫画家・高橋春男の次のような発言。

《高橋 岩瀬の使い方をみていても、落合は兵隊を指揮しているのと同じじゃないの。もう、命令には有無を言わさず、お前だ、と。……だから、落合中日だけが、戦争しているわけ。》(p.119)

       /l     |:l
       ./.i' ,,,,..........| l、_
       .//''~ ,ハ   | .l ~゙ヽ、
     / /;i .ハヽ   l |   `:、
    .ノヽ_゙ミ/ `、-'"_ノ     `:、
    /、_"__ .i ク '~~____`ニ-    ゙、
    | i __.`ヽ-" ̄___ 'ヾ     i
    |ノ <__,>.へ、 <_> |l    | 
    /`--";  ゙ヽ-----l|    .i
   ノ'!、  .,〟.,,,,、      ノ、、   i.
   /,,;:i   ' `゛  `      ヽ   `、
  ノ,,;:;:ヽ _,.=ニニニ=__,、     ゙゙ヽ   .>
  `'ヽ;:;:i   `¬―'´     ノ  |;;:゙゙シ"
    '゙ヽi,        ,/   |;:ツ''
       )`ー---― '"

落合が、ガンダム好きな理由がわかったような気がしますね……。

|

2011.12.05

▽『神と悪魔の薬サリドマイド』

トレント・ステフェンxロック・ブリンナー『神と悪魔の薬サリドマイド』(本間徳子訳、日経BP社)

1950年代に睡眠薬として発売されたサリドマイドは、世界的な薬禍をもたらした「悪魔の薬」だった。本書の前半は、薬害を引き起こした製薬会社と、その責任を認めさせようとする被害者の家族や医者やジャーナリズムとの闘いに紙幅が費やされている。

サリドマイドは、いったんは薬害の歴史の中に押し込まれたかのように思われた。しかし、この「悪魔の薬」は、ハンセン症やエイズに関わる病気をはじめ、多くの病気に効く「神の薬」として甦ったという。

サリドマイドの薬禍のメカニズムをつきとめた医師トレント・ステフェンと、歴史家ロック・ブリンナーによる迫真のドキュメントである。

|

▽亡国の宰相

読売新聞政治部『亡国の宰相――官邸機能停止の180日』(新潮社)

「亡国の宰相」とは、ひどい言われようですが……、まあ、そう言われても仕方ないかな……(笑)。菅直人が総理大臣になった時には、

『菅直人 市民運動から政治闘争へ 90年代の証言』
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2009/11/post-5424.html

が売れていたので、それなりに期待はあったのでしょうが、なにが間違いだったのでしょうか? 読売新聞政治部が記した本書は、東日本大震災と福島原発事故以来の政治のゴタゴタの記録としてはよくできているとは思いますが、この重大な疑問点についての解答は得られていないようにも感じられます。

|

2011.12.02

▽ベルリン 地下都市の歴史

ディートマール&イングマール・アルノルト、フリーデル・ザルム『ベルリン 地下都市の歴史』(中村康之訳、東洋書林)

以前、『ニューヨーク地下都市の歴史』という本を紹介したことがあります。

▽モグラびとのその後――『ニューヨーク地下都市の歴史』
http://thelightoflondon.txt-nifty.com/book/2011/08/post-9199.html

この本の原題は、"Der Undergrund Von New York"というものでしたが、今回紹介する『ベルリン 地下都市の歴史』の原題は"Der Undergrund Von Berlin"です。

ベルリンの地下には、鉄道、郵便、上下水道、醸造所などからなる壮大な地下空間が作り上げられていました。さらに、第二次大戦中にはヒトラーが最期の時を過ごした地下室、冷戦期に東西の諜報員や、東から西への亡命者が使ったトンネル、そして、闇社会の人々が文字通り暗躍する空間が作り上げられてきました。

そんなベルリンの18世紀からの地下の歴史を豊富な写真とともに紹介する、地下マニア(笑)にはたまらない一冊です。

|

▽日本人をやめる方法

杉本良夫『日本人をやめる方法』(ほんの木)

世界的にも著名な文化人類学者である杉本良夫(豪ラ・トローブ大学名誉教授)が、1989年に書いたエッセイなどをまとめたのが本書で、発行は1990年。

《「日本人をやめる」とは、日本国籍を放棄するということを直接意味しているのではない。むしろ、日本社会を息苦しくさせている構造、日本文化のなかで自由や自発性を奪いがちな仕組み、日本人の習慣のなかの望ましくない要素などをゴメンだとする行為全般を指している。これには、「闘争」と「逃走」のふたつのあり方があると思う。もちろん、日本国内に住んで、日常生活のレベルで抵抗するという「闘争」の道が、本筋である。私は日本から「逃走」するという亜流の道の方を選んだが、そちらの方がよろしいなどという気は毛頭ない。》(p.20)

そして、著者の体験してきた、「亜流の「逃走」型の方に焦点をすえて書いてみた」(同)のが本書である。

しかし、もとになったエッセイが書かれた1989年というと日本経済が絶頂期にあった頃で、世界中が日本礼賛論に包まれていた頃。そして、「失われた20年」を経て、日本礼賛論は消え去ったものの、本書で指摘されているような「日本社会を息苦しくさせている構造」は、かわっていないどころか、より強固になっている気もします……。

|

2011.12.01

▽〈起業〉という幻想――アメリカン・ドリームの現実

スコット・A・シェーン『〈起業〉という幻想――アメリカン・ドリームの現実』(白水社)

経営学者スコット・A・シェーンによる、アメリカにおける起業にまつわるいくつかの幻想を、信頼できるデータに基づいて打ち砕いていく。三人の翻訳者(谷口功一、中野剛志、柴山桂太)に、『TPP亡国論』で知られる中野剛志が含まれています。

本書のイントロダクション(pp.24-25)では、本書の内容の要約として、次のような指摘がされています。

●アメリカは、以前に比べるなら起業家的ではなくなって来ている。一九一〇年と比べるなら、全人口に占めるビジネスの創業者の割合は低下している。

●アメリカが、格別に起業家的な国というわけでもない。ペルーは、アメリカよりも三・五倍の割合で新たにビジネスを始める人がいる。

●起業家は、魅力的で目を惹くハイテク産業などではなく、建設業や小売業などのどちらかというと魅力の薄い、ありきたりの業種でビジネスを始める場合のほうが多い。

●新しくビジネスを始める動機のほとんどは、他人の下で働きたくないということに尽きる。

●仕事を頻繁に変える人や、失業している人、あるいは稼ぎの少ない人のほうが、新しいビジネスを始める傾向にある。

●典型的なスタートアップ企業は、革新的ではなく、何らの成長プランも持たず、従業員も一人(起業家その人)で、一〇万ドル以下の収入しかもたらさない。

●七年以上、新たなビジネスを継続させられる人は、全体の三分の一しかいない。

●典型的なスタートアップ企業は、二万五〇〇〇ドルの資本しか持たず、それはほとんどの場合、本人の貯金である。

●典型的な起業家は、ほかの人よりも長い時間労働し、誰かの下で雇われて働いていた時よりも低い額しか稼いでいない。

●スタートアップ企業は、考えるよりは少ない仕事(雇用)しか産み出さない。創業以来二年未満の会社で働く人が全人口の一%であるのに対して、十年以上の会社で働く人は六〇%を占める。

とまあ、まさに起業の幻想を打ち砕くような事実のオンパレードなんですが、私が、本書でなるほど、と思わされたのが次のような指摘。

《マイケル・デルがテキサス大学の寮で数十億ドル規模の会社を創設したというような話は、多くの人に、若者の方が起業家として成功しやすいような印象を与える。……しかし、データによれば、成功した起業家になる、このような若者の話は、極端な事例にすぎない。平均的には、四十五歳から五十四歳の間で始めたビジネスは、三十五歳以下よりも業績がいいのである。》(p.166)

説得力のある調査で、問題の設定自体が面白い。また、アメリカの事例ですが、リアリティのある話は、むしろこれから起業しようとする人にも役に立つのではないかと思います。

[目次]
  謝辞
  イントロダクション
   起業とは何か
   起業に関するイメージ
   神話を信じ込んでいるとどうなってしまうのか
   本書を読むべきなのは誰か
   本書ではどのような問題を取り扱うのか/たとえば

 第一章 アメリカ──起業ブームの起業家大陸
   起業家の数は増えていない
   アメリカでの起業は低調である
   国によってスタートアップの数が多くなるのはなぜか
   国内でスタートアップが占める割合の相違
   地域間の起業の違いを説明するのは何か
   結論

 第二章 今日における起業家的な産業とは何か?
   どのような産業分野で起業家はビジネスを始めるのか
   なぜ特定の産業が起業家の間で人気なのか
   結論

 第三章 誰が起業家となるのか?
   起業家のマインド
   なぜビジネスを始めるのか
   起業家は“優れた”人間なのか
   起業家になることは若者の専売特許なのか
   実社会で痛い目に遭うことがビジネスを始める導きなのか
   専攻が重要なのか
   経験の重要さ
   生粋の地元育ちよりも移民のほうが起業家になりやすいのか
   コネより知識
   結論

 第四章 典型的なスタートアップ企業とは、どのようなものなのか?
   新たなビジネスのほとんどはとても平凡である
   たいていのスタートアップは革新的ではない
   たいていのスタートアップはごく小規模である
   成長を目指すビジネスはわずかである
   新たなビジネスの多くは競争優位を欠いている
   半数は在宅ビジネスである
   起業家はどのようにしてビジネスアイデアを思いつくのか
   起業家はどのようにビジネスアイデアを評価しているか
   ビジネスを立ち上げる
   会社立ち上げは成功例よりも失敗例のほうが多い
   チームで起業?
   結論

 第五章 新たなビジネスは、どのように資金調達をしているのか?
   ビジネスを立ち上げるのにどれくらいのお金が必要なのか
   主な資金源は創業者の貯金
   お金持ちのほうが起業しやすいのだろうか
   個人的な負債
   どんな企業が外部資金を獲得するのか
   負債か株式か
   スタートアップは銀行から借り入れできるのか
   外部からの株式資本による資金調達
   ベンチャー資本はあなたが考えるほど重要ではない
   ビジネスエンジェルの実像
   結論

 第六章 典型的な起業家は、どのくらいうまくやっているのか?
   典型的な新たなビジネスは失敗する
   ビジネスから撤退する
   起業家はそれほど儲からない
   起業によるリターンは不確実である
   起業家は投資資金に対する追加的なリターンを得られない
   起業家はベンチャーの展望について過剰に楽観的か
   ごく少数の起業家が大成功を収める
   創業者の満足
   結論

 第七章 成功する起業家とそうでない起業家の違いは何か?
   時間とともに容易になる
   どの産業で、ということが非常に重要
   ほとんどの起業家は愚か者なのか
   ほかにやるべきことは何か
   よりよい起業家になるための準備は可能だ
   正しい創業の動機を持て
   結論

 第八章 なぜ、女性は起業しないのか?
   女性はあまり起業家にならない
   なぜ女性起業家の割合は低いか
   女性のスタートアップの業績は
   なぜ女性が創業したビジネスの業績は貧弱なのか
   結論

 第九章 なぜ、黒人起業家は少ないのか?
   なぜ黒人起業家の割合はかくも低いのか
   黒人によるスタートアップの業績はどうだろうか
   なぜ黒人が保有するスタートアップの業績はよくないのか
   結論

 第十章 平均的なスタートアップ企業には、どの程度の価値があるのか?
   経済成長
   雇用拡大
   雇用の質
   結論

  結論
   起業の現実
   われわれは何をなすべきか 

  訳者あとがき
  註
  神話と現実

|

▽ノーベル賞はこうして決まる

アーリング・ノルビ『ノーベル賞はこうして決まる』(千葉喜久枝訳、創元社)

ノーベル賞の暴露本かと思ったら、いたって真面目な本でした。タイトル通り、ノーベル賞選考のプロセスを詳述したものです。

著者の専門がウイルス学ということもあって、本書の記述の中心は、自然科学賞三賞のうち生理学医学賞と化学賞で、門外漢にはちょっと難しいですね。また、物理学賞や文学賞、平和賞、経済学賞については簡単に触れられているだけです。

ところで、ノーベル賞の選考過程は厳密に秘密が守られていて、授賞から五十年たたないと選考に関する文書は公開されないそうです。そうした選考関連の文書はスウェーデン語で書かれている上に、閲覧できるのは学術研究者に限られているとのこと。

文学賞、平和賞、経済学賞などの物議を醸しそうな賞の選考過程が公になることはこれからもなさそうな気もしますね。

|

« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »