2011.12.18

▽放送禁止歌

森達也『放送禁止歌』(解放出版社)

1999年、フジテレビの深夜番組『NONFIX』で、

『「放送禁止歌」~歌っているのは誰?規制しているのは誰?~』http://www.fujitv.co.jp/nonfix/library/1999/368.html

というドキュメンタリーが放送されました。この番組は、Youtubeにもアップされています。

本書は、その番組の製作過程の舞台裏を綴りながら、あらためて、なぜ「放送禁止歌」が生まれてしまうのか、について考察したものです。

本書でも語られているように、「放送禁止歌」とは、民放連(日本民間放送連盟)が放送禁止と指定した楽曲である、とある種の通念のように信じられてきました。

民放連は、1959年から「要注意歌謡曲指定制度」を発足させました。民放連は「要注意歌謡曲」を指定し、放送にあたっては、各放送局が判断しておこなうとされたものでしたが、これが一人歩きしてしまいます。さらに、この制度自体は1983年に廃止され、それ以来、「要注意歌謡曲一覧」は更新されていません。何より驚かされるのは、多くの放送関係者が、「放送禁止歌」とみなしている曲のほとんどは、この「要注意歌謡曲一覧」には含まれていないことが、本書で、あきらかにされます。

つまり、「放送禁止歌」のほとんどは、放送局が過剰な自主規制をしてしまったことから生まれてきたということができます。

では、なぜ、このような事態が起きてしまうのか? 本書では、この問題に関わっている人達が同じようなことを繰り返し語っています(以下の引用では、個人名は省略しました)。

・民放連
「最終的な判断をするのは、放送主体である放送局なのです。しかしどうもこの部分が誤解というか一人歩きしてしまい、いまだに民放連が規制の主体であると思いこんでいる人は多い」(p.50)

・フジテレビ番組考査室部長
「この問題はね、実はシステムの問題じゃない。結局、制作者一人一人の問題なんです。……規制に対して異議があるのなら、議論を挑んでくればいい。規制はマニュアルではありません。……」(p.59)

・解放同盟
「……皆が、自分の頭で、考えようとしていない。……だからでしょう」
「自分の言葉と言い替えてもいい。要するにマニュアルや他人の判断を鵜呑みにしないで、自分自身で考えるという当たり前のことがなされていない。特にマスメディアの方々に対して、私はその思いを強く持っています」(p.65)

・フジテレビ編成局長
「ひと昔前に比べればテレビのタブーは確実に増殖しているという実感を僕は持ってます。量だけじゃない。質も悪くなっている。
 抑えつけたタブーがタブーを再生産している。表現とは本来甘いものじゃない。血だらけになってもやるものだと思うし、特にジャーナリズムの現場にいる人間は、タブーに対してもっと闘う姿勢を見せるべきだと思う」(pp.98-99)

・音楽評論家
「レコード会社の若い社員なんか、歌詞の何が問題なのか知らず、言われるがままに機械的にやっている人がほとんどですよ。表現行為にかかわる以上、異論や反論を浴びることは当然覚悟しなくてはならないはずなのに、でも彼らにはそんな意識や覚悟はみじんもない」(p.145)

「自分の頭で、考えようとしていない」というのは、放送禁止歌だけではなくて、最近のマスコミやジャーナリズム、あるいは日本社会のいろいろなところで感じられる事態であると思います。


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