2012.06.19

▽宇野常寛『ゼロ年代の想像力』

宇野常寛『ゼロ年代の想像力』(ハヤカワ文庫)

気鋭の評論家、宇野常寛が2008年に上梓した、日本のサブ・カルチャー総まくり本の文庫版。

1995年に起きた、阪神大震災、オウム真理教による地下鉄サリン事件から、新世紀エヴァンゲリオンを経て、池袋ウエストゲートパークや平成仮面ライダーまでのほぼ十年の文化状況を俯瞰する。

サブカルチャーのまとめとしてはよくできていると思う。しかし、平成ライダー各作品の人気の高低を、その作品のメッセージのみと結びつけるのは、やや牽強付会の嫌いがある。また、考察において、好不況といった経済的な側面が、あまり意識されていないのも気にかかる。

[目次]
第 一 章 問題設定――九〇年代からゼロ年代へ/「失われた十年」の向こう側
第 二 章 データベースの生む排除型社会――「動物化」の時代とコミュニケーションの回復可能性
第 三 章 「引きこもり/心理主義」の九〇年代――喪失と絶望の想像力
第 四 章 「九五年の思想」をめぐって――否定神学的モラルのあとさき
第 五 章 戦わなければ、生き残れない――サヴァイヴ系の系譜
第 六 章 私たちは今、どこにいるのか――決断主義のゼロ年代の現実認知
第 七 章 宮藤官九郎はなぜ「地名」にこだわるのか――(郊外型)中間共同体の再構成
第 八 章 ふたつの『野ブタ。』のあいだで――木皿泉と動員ゲームの離脱可能性
第 九 章 解体者としてのよしながふみ――二十四年組から遠く離れて
第 十 章 肥大する母性のディストピア――空転するマチズモと高橋留美子の「重力」
第十一章 「成熟」をめぐって――新教養主義の可能性と限界
第十二章 仮面ライダーにとって「変身」とは何か――「正義」と「成熟」の問題系
第十三章 昭和ノスタルジアとレイプ・ファンタジー――物語への態度をめぐって
第十四章 「青春」はどこに存在するか――「ブルーハーツ」から「パーランマウム」へ
第十五章 脱「キャラクター」論――ケータイ小説と「物語」の逆襲
第十六章 時代を祝福/葬送するために――「決断主義のゼロ年代」を超えて
特別ロング・インタビュー ゼロ年代の想像力、その後
固有名索引


|

書評2012年」カテゴリの記事