ベンツのモーターホームというものが、イギリスを初めとするヨーロッパで、ちょっとしたブームになっているという話を耳にした。
モーターホーム・・・。エンジンのついた家? いったいどういうものだろう。キャンピングカーと、どう違うのだろう。
分からないことがあったら専門家に聞け、というわけで、本屋で見つけたいくつかのモーターホーム関連雑誌の一つ「月刊キャラバン」編集長のスティーブ・ロウ氏に会いに行くことにした。
ロンドンのビクトリア駅から、旧国鉄のサウス・セントラル線に乗って約30分、クロイドンという駅で降りた。さらに駅から歩いて10分ぐらい行ったところにスティーブさんの編集部がある。ここでは、キャンピングカーの専門誌の他に、ビートルの専門誌や四輪駆動の専門誌も発行している。
スティーブさんは、冬だと言うのに黄色いTシャツ姿で現れた。室内は暖房が効いているとはいえ、いくらなんでもTシャツでは寒いのではないかと思うが、さすがにアウトドア雑誌の編集長だけある。薄い色の入った小さめの眼鏡をかけているスティーブさんは、かつてイギリスにある三菱自動車で宣伝の仕事をしていたという。だから、私のような日本人が、突然取材に押し掛けてきても、快く迎え入れてくれたのだと思う。
スティーブさんを入れて実質二人の編集部員で130ページもあるカー雑誌を切り盛りしているというので、挨拶もそこそこに、モーターホームの現状についての質問を開始した。
日本人にとっては、キャンピングカーという言葉を聞いたときには、四輪駆動車などで牽引する箱型のものをイメージすることが多いが、あの手のものは、イギリスではキャラバン、またはモーターキャラバンと呼ばれている。一方、モーターホームは、一般に売られているバンの後部を改造して、住めるようにしたものを言う。モーターホームの特徴を、スティーブさんは、キャラバンと比較しながら、説明してくれた。
まずキャラバンの主要なユーザーは、子供が2~3人いる若い家族が中心。キャラバンの価格は、1万~2万ポンド(約200万円~400万円)と比較的安いからだ。一方のモーターホームは、2万5000ポンド~4万ポンド(500万円~800万円)と高いこともあり、ユーザーの平均年齢は55歳前後の初老の夫婦が中心という。イギリスには、早期定年制度があり、55歳くらいで、リタイアして年金生活に入る人も少なくなく、こういった人たちが、モーターホームのオーナーに多いという。
ふと疑問に思ったのは、日本では年金額の引き下げや、将来年金がもらえなくなるのではないかと騒がれているのに、イギリスの年金は、そんなにたくさんの金額を受給できるのだろうかと疑問になった。
「うーん。イギリスの年金が、日本に比べて多いかどうかはわからないけど、子供が独立して、家のローンも払い終わっていれば、そんなにお金はかからないと思う」とスティーブさん。そんなに裕福でなくても、モーターホームを持てるということか。
「キャラバンのユーザーは、一カ所のキャンプ場に2週間くらい滞在するのが一般的なのに対して、モーターホームのユーザーは一つの場所では1~2泊して、すぐ次の場所に移ることが多い」という。モーターホームの方が機動性があるということだろう。
ところで、ここ1~2年、モーターホームの人気が高まっているという。それは、なぜか? それは9・11テロの影響で、飛行機を利用した海外旅行を避ける人が増えたのが主な理由という。そして、比較的安全な陸路を使って、イギリス国内やヨーロッパ各地のキャンプ場や保養地を回れるモーターホームの人気があがったというわけだ。
ヨーロッパ各地には、モーターホームを受け入れているキャンプ場がたくさんある。そこには、電気や水道の設備があるので、車内で料理を作ったり、シャワーを浴びたりできるという。あるいは、モーターホームの脇にテントをはってそこで夜を過ごすこともある。
ヨーロッパ全体で一年間におおよそ十万台を超えるモーターホームが販売されている。シェアトップは、イタリアのフィアットで4割近いシェアを占めている。理由は、フィアットのモーターホームは、価格帯3万ポンド(600万円)とモーターホームとしては比較的安いからだ。
しかし、性能やブランドへの信頼性が高いのは、他のジャンルの車と同様にメルセデス・ベンツのモーターホームだ。とはいえ、ベンツ本社がモーターホームを製造販売しているわけではない。一般に売られているベンツ製のバンを専門の改装業者が購入し、モーターホームに改装した上で販売されている。
というわけで、実際にベンツのモーターホームがどういうものかを見るために、南イングランドのチェチスター地区にあるサウスドーンズ・モーターキャラバン社にお伺いした。ここも、ロンドンから電車で1時間半ほどかかるところにある。モーターホームのディーラーは、ロンドンには、まったくない。多数のモーターホームを展示するには地価が安い郊外のほうが良いし、なにより、オーナーも郊外に多いからだ。
早速、社長のケビン・スティールさんに、ベンツのモーターホームを見せてもらった。売れ筋の商品はドイツの専門業者によるRIMOR(リモー)社の「スーパー・ブリッグ」シリーズ。そのうちの一つ「スーパーブリッグ727TC」は、「メルセデス・ベンツ スプリンター 316CDI」を改装したものだ。排気量2685ccのメルセデス316TDSエンジンを搭載。最大出力は116馬力。改装後の全長は7・345メートル、車幅2・22メートル、最大車高は3・1メートルに達する。
イギリス市場向けに右ハンドル車を改装したもので、ドライバー側には、前から冷蔵庫と電子レンジ、入り口、コンロとキッチンシンク、収納スペースがある。一方、助手席側には、四人掛けソファー、シャワーとトイレが設置されている。最後部には、収納スペースとベッドがある。
ケビンさんの説明では、「727TC」は6人乗りだという。運転席、助手席、そして4人掛けソファー。確かに6人乗りだ。しかし、夜はどうするのだろう。後ろのベッドで6人はとても寝られない。と思ったら、まずソファーを倒せば、2人用のベッドになる。さらに、運転席と助手席の上にある、一見収納用のスペースに見えた部分が、実は、2人用のベッドだったのだ。試しに、この隙間のようなベッドに潜り込んでみた。
じっとしていれば寝られないことはないが、目をあけると目のすぐ前に車の天井が。閉所恐怖症の人や、寝相の悪い人には、ちょっとつらい就寝スペースかもしれない。
飲料水は100リットル貯蔵できるタンクを積んでいる。排水をリサイクルするシステムもある。また、自炊用のガスコンロも装備している。
トイレ・シャワー完備、自炊可能となれば、かなりの長期間ここで生活が可能ではないかと思われる。ただ、このスペースだと大人6人は、きついものがある。最大6人乗れるというだけで、実際には、前にも触れたように定年後の夫婦が使用することが多い。それなら、これだけのスペースがあれば十分だ。
サウスドーンズ・モーターキャラバン社では、年間150台のモーターホームを販売しているという。うち、7割がベンツのモーターホームだという。
「フィアットやプジョーのほうが台数はでているだろうが、より安定した性能やクオリティを求めるユーザーは、ベンツを選ぶ。もちろん、ベンツのモーターホームは、少し値段が高いが、それに見合う品質を備えていると思う。何よりも、長期にわたって、さまざまなコンディションに耐えるには、それなりの耐久性も必要で、ベンツは、そのユーザーの要請に応えられると思う」
ケビンさんにインタビューしている間、ひっきりなしに電話がかかり、また二人いる女性スタッフからも、仕事に関する相談を受けていた。先週も、ドイツに出張していたという。何やら、とても忙しそうなのだ。
「なぜ、そんなに忙しそうなのですか? 12月なのに。モーターホームといえば、夏のレジャーなので、冬場は暇だと思ったのですが・・・」
実は、モーターホームは夏だけに使用されるわけではなかった。ケビンさんの説明によると、冬の11月から2月くらいまで、スペインなどの暖かい国の保養地に出かけるモーターホームのオーナーも多いという。また、スキー場に、モーターホームで出かける人も多いという。そして、雪道をいくには、ベンツのような足回りのしっかりした車が好まれるという。
そうモーターホームは、夏だけのレジャーでは無いのだ。モーターホームには、ヒーターと換気扇が装備されている。そして、断熱素材によって、外気の寒さも遮断されるために、車内はかなり快適な状態に保たれる。
ざっと計算してもケビンさんの会社の売上は10億円に達する。そこからどれだけ利益をあげてるのかは不明だが、儲かっているのは間違いなさそうだ。何よりケビンさんの雰囲気が、不動産会社の社長のようでもあった。動く不動産(?)のモーターホーム業界でも、一番信頼のおけるのはベンツだったことがわかった。
『メルセデス・ベンツの作り方―クルマ・ヒト・モノにまつわる逸話録』(アークコミュニケーションズ)第2章 その4「モーターホームを売る・買う人々」の草稿
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